アルメニア人ドライバーにトルクメン語を話すなと怒られた話
トルクメニスタンでは、タクシー料金は安く、主な移動手段はタクシーでしたので、タクシードライバーとのエピソードはたくさんあります。そんな中でも、特に印象的だったアルメニア人ドライバーに「トルクメン語を話すな。」と怒られた話をご紹介します。
私のロシア語は日常会話程度で、自由に話すことが出来ません。トルクメニスタンではもちろんトルクメン語を話して生活をしていました。相手がロシア人、アルメニア人等の非トルクメン人であっても簡単な内容であれば伝わることが多かったので、特に苦労することはありませんでした。
そんなある日、いつものようにタクシーを捕まえて、トルクメン語で行き先を伝えました。すんなり通じて車は走りだしました。彼はトルクメン語を聞いたら少しは理解できる程度のロシア語母語話者だったのでしょう。彼は世間話をしてくるタイプだったので、ロシア語でこたえられる範囲で応答し、できないところはトルクメン語を交えて会話していました。
すると彼は、「ロシア語が下手だな。どこの出身だ。」と聞きます。どうやら私をロシア語ができない、田舎のトルクメン人だと思ったようです。私はまたいつものパターンかと思いつつも「日本人だ。」と答えました。その後いくつかやり取りして、私がトルクメン語を学んでいることを知ると、突然彼は怒りだしました。「トルクメン語なんて話してんじゃねえぞ。」確かに彼はロシア語話者なのですから、彼とトルクメン語で話をしようとすることには無理があるのは理解できるのですが、彼の怒りの矛先はそこだけではありませんでした。
私が理解できた範囲で彼の愚痴をまとめると、以下の様でした。
1.ソ連から独立25年を経て、ロシア語話者は肩身が狭くなっている。ロシア語を話さない人もどんどん増え、通じないこともある。
2.トルクメン語ができないせいで就職ができない。だからタクシー運転手なんかをやっている。
3.お前みたいな外国人がトルクメン語を学んでしまったらまたトルクメン語の地位が高まってしまう。やめてくれ。
1.に関してはおそらく彼の言う通りで、テレビやメディア、生活で目にするものも全て公式な場での言語はトルクメン語に置き換わろうとしています。若い世代でロシア語に苦手意識がある人は増えていて、読み書きに自信がある人は本当に少なくなっています。私が日本語を教えていたアザディ世界言語大学の日本語学科で、自分がロシア語がよくできると思っている子は、10人のクラスに1、2名程度でした。今はまだ首都圏や高年齢層を中心によく話されているロシア語ですが、淘汰されることはないにしろ、数十年後にはできる人とできない人の差がさらに広がっている気がします。
2.は気持ちはわかりますが、半分は彼自身の問題であると思います。(ちなみにタクシー運転手とは言っても中央アジアでおなじみの白タクで、トルクメニスタンでは違法行為です。)確かに、トルクメニスタンの仕事は圧倒的に政府関係のものが多く、それらの仕事に就くには公式にはトルクメン語ができることが条件となっています。実際には、語学学校に通ってトルクメン語の証書を貰うなどして、トルクメン語が十分にできなくともどうにかなることが多いです。なかなか成り上がることが難しいシステムなのは理解できますが、それはトルクメン人も同じで、言語のせいではないと思います。
3.は知ったこっちゃねぇ。というか、そんな影響力もねぇ。
彼の主張はほどほどに聞いておくにしろ、ロシア語使いにとって生きにくい世の中になってきており、それを愚痴りたかったのかもしれません。
政府としては、独立以降、トルクメン民族団結の象徴としてのトルクメン語の整備や教育に力を入れて来たわけですが、少数派の非トルクメン人(特に非テュルク人)にとっては、公の場や就職などで突然求められる言語が変わるという特殊な時代を経験する羽目になっているわけです。
冷静になって考えてみると「明日からみんなトルクメン語で話せよ。」と日本で言われたら、皆戸惑うでしょうが(私は嬉しいですが)、それと似たようなことが非トルクメン人にとっては起こっているわけです。外国語アレルギーの強い日本人だったら耐えられないだろうと思います。
極端な例を挙げてしまいましたが、あくまで公共の言語がだんだんトルクメン語化していくということです。
私のようなただの外国人からしたら、「苦労はお察しします。」くらいしか言えないのですが、誰も損しないような世界になればいいと願うばかりです(ふわっと丸投げ)。