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隣にサハ人(ヤクート人)が引っ越してきた話

ツイッターで、「#フォロワーの8割くらいが体験したことがなさそうな体験」というタグがありますが、大体思いつくのはフォロアーの9割9分くらいが体験したことがなさそうな話なので結局書けないでいるまそしゅです。今日もそんな体験の一つを書こうと思います(タイトルでネタバレしていますが)。

話は19歳、大学2年の頃にさかのぼります。大学に入学してしばらくは家賃が1か月3500円くらいの学生寮にしばらく住んでいたのですが、夏が近づいてきてエアコンのない部屋は無理だと早めに察知して早めに引っ越しを決意。大学からすぐ近くの下宿を借りました。しばらくそこに住んでいると、ある日、隣の部屋に引っ越しをしているアジア系の女性と出会いました。

当時の私は、外国人なんて全くないド田舎から大阪に出てきて、いろんな国の人と知り合うことが楽しくて仕方ありません(あの時は本当に自他ともに認めるコミュ力お化けでした)。その時も何気なくあいさつしたのだと思います。すると彼女はロシア人ですと答えました。19歳のまそしゅ青年は、「ロシア人でアジア系?もしやテュルク系では!?」と飛び上がりそうでしたが、平静を装って「どの民族ですか?」と聞くと、彼女は「どうせ知らないだろうが」という感じで「ヤクーツクって知っていますか、ヤクート人という民族です」と答えてくれました。19歳のまそしゅ青年はテンション爆上がりです。大学2年生のころは、テュルク諸語にはまり始めていた頃で、しかもちょうどその年のAA研の語学研修ではサハ語(ヤクート語)の研修が行われたばかりでした。当時お金のない私(今もない)は、研修には行けず、大学の図書館でサハ語の研修テキストをコピーしていたのでした。

私がサハのことを知っていたのが日本人として大層珍しかったようで、彼女はびっくりしていました。その後も、彼女は私が普段から親しくしていたウズベク人やロシア人のグループとの交流もあったようで、時々会うようになり、友人になりました。アパートの前の自動販売機でコーヒーを飲みながら、基礎語彙について質問したことをよく覚えています。彼女も、トルコ語ではこう言うよ教えると、興味深そうにしていました。

その後も彼女の繋がりで他のサハ人コミュニティやカラカルパク人にお会いする機会があり、楽しいテュル活をおくりました(というか、当時の箕面すごいな)。

残念ながらサハ語については学習を進めたわけではなく、今でも言語学の発表を聞いて、感心するばかりで、よく知っているというわけではありませんが、いつかはしっかりと学んでみたいなと思っています。

当時AA研の語学研修を担当なさった先生が、最近サハ語文法の研究成果をまとめた本を出版なさいました。こういったものはすぐ手に入らなくなるので、気づいたときに購入しておく必要がありますね。