ナタニサケブ
泣き声が響く夕暮れ時。1人の中学生那谷あきらが歩いていた。
「なんで俺なんだよ。」
そんなことを言いながら泣いていた。
学校で、友だちである笠置真琴がガラスを割った。何故か中から飛び出してきたのだ。呆然としていると何故かあきらが犯人になってしまい教師にこっぴどく叱られたのだった。
「なんだよあいつ。ダッシュで逃げやがって。」
そんな感じでブツブツ独り言を言っていた。いつの間にか涙は引いている。
ずーっと下を向いて歩いていると、紙切れが落ちていることに気がついた。普段なら気にせず通り過ぎるのだがこの時だけは何故か気になって仕方がなかった。拾ってみるとただの紙ではなく和紙であった。何やら黒い汚れが着いている。少しして字が書かれていることがわかった。
「か…れ…なんて書いてあんだ?」
確かに読みづらい字であった。
「ま、いっか。」そう言ってポケットの中に紙切れをしまってしまった。
笠置真琴は彼女の家に向かっていた。四ツ木早智の家だ。真琴はもう限界を感じていた。あまりにも重い彼女の愛にだ。最初は楽しかったはずのLINEでの会話も今となってはストレスだ。通知は夜中に鳴り響き、ほかの女と喋ればすぐヒステリックを起こす。よく聞く「メンヘラ女」に捕まったのだ。
故にこの行動も命懸けである。緊張と疲労でその場にしゃがみこんでしまう。
そこに紙切れが落ちていた。なんとなく書いてある字を読んでみる。
「"ゆるすなにがすなきっとあそこだ"?物騒だなぁ。まるであいつじゃないか。」
もちろん早智のことである。
「にしても汚い字だな。ほんとに気味が悪い。」
そう言って紙切れを丸めて投げ捨てた。
最近あきらたちの住む町を賑わしている事件がある。高校生を中心に行方不明者が多発しているのだ。警察はただの家出だと断定して捜索していない。もちろんみんな怖がっているが本気にはしていないようだ。一応教師からも注意喚起の説明があった。みんな冗談ばかり言っている中、早智だけは震えていた。下を向いていたので表情は見えなかった。
「なんか最近あいつ学校こねーよな。」
「ねー。どうしたんだろ。」
真琴は学校に来なくなっていた。こころなしか早智の顔も暗い。あきらはもちろん心配した。
「なんか最近変わったこと無かった?」
あきらはそう早智に尋ねた。
「分からない。昨日話したんだけどね。」
「どんなこと?」
「ふふっ、なんでそんなこと聞くの?へんたーい!」
あきらには早智が過剰に振舞っているのが目に見えてわかった。
「ありがとう。」それだけ言ってあきらは自分の席に戻った。
「え、どういうこと?」
早智な既に泣きそうだ。真琴は勇気を振り絞った。
「僕は君が嫌いだ。限界なんだ。お願いだからもう関わらないでくれ。」
真琴は金切り声が飛んで来ることを予想していた。がしかし、予想していたことは起こらなかった。早智は、「そっか、そうだよね。」
そう言って家の中に戻っていった。真琴はほっとしてそのまま振り返り家に帰ろうとした。
気づけば目の前は真っ暗だった。
早智は筆と和紙を取り出した。嫌なことがあったら和紙に思いっきり愚痴を書き捨てるのだ。
彼と話さないで
真っ暗な倉庫に閉じ込めて愛でたい
あいつを許すな逃がすなきっとあそこだ倉庫な ら思う存分なぶれる
こんな内容のことを書き留めてはビリビリに破いて窓から捨てている。そうすればスッキリするのだ。
そして今日はこう書いた。
動かなければずっと私のモノ
和紙はまたビリビリに破かれた。
「なんだか最近よく見るなぁ。」
あきらはボロボロの和紙の集まりを見つめて呟いた。必死に解読してわかったことがある。書いた人は精神異常者だということだ。あきらが解読した文章はこうだ。
彼と話さな
きっとあそこだ倉庫なら
動かなければ
私のモノ
「そういえば真琴が割ったガラスって体育倉庫のだったよな。…あれ?そういやあいつなんで中から飛び出してきたんだ?確かあいつあの日も学校休んでたよな?」
ここまで考えてあきらは連続行方不明事件のことを思い出した。同時に嫌な憶測が頭の中を飛び交った。
「いや、まさかね。」
そう思ってみたが気になって仕方がない。
明日、体育倉庫に行くことにした。
翌日、体育倉庫に行くと四ツ木早智が立っていた。普段ならいつも通り声をかけるのだが、明らかに様子がおかしい。なんで右腕にナタを持っているのだろうか。あきらはパッと身を潜め観察した。早智は体育倉庫の鍵を開け、中に入っていく。あきらもそれについて行く。窓から顔をのぞかせ観察しようとしたが何かがおかしい。
「四ツ木さんはどこ?」
そういった手前、目の前は赤く染った。
あきらが目を覚ますとそこには地獄が広がっていた。むせかえる血の匂い、そこにまじる腐敗臭、女の子の泣き声、そしてナタを持った血まみれの少女。
「真琴のこと聞かれた時は焦ったよ。バレたのかと思って必死になっちゃった。もう行方不明の話を先生がしてる時なんか面白かったよね。灯台もと暗しってこういう事なんだって思ってさ。あ、ここにいる子達?みんな真琴の邪魔したヤツら。この子達のせいでまたが私の事嫌いになったんだもん。しょうがないよ。だからここで私がずっとお仕置きしてたの。後で真琴とたっぷり話そうとしてたら真琴逃げちゃったからさ。この子達に聞いてみたらみんな真琴のこと庇うの。ついカッっとなっちゃってさっきも1人殺しちゃった。」
「はぁ何言ってんだよ!」
そう言って立ち上がろうとしたが上手く立てない。脚が真っ赤だ。
泣き声が響く夕暮れ時。あきらは無様に「助けて」と叫んでいた。
涙と血と汗でグチョグチョになったコンクリートを見つめてただ助けを願った。早智がナタを振り下ろそうとしたその時、
「警察だ。」
と一言。そして聞いたことない高いような低いような耳を貫きそうな大きな音が聞こえてきた。
学校の事務員がガラスをはりかえるために体育倉庫に向かうとそこには赤い水溜り。そして鉄臭さ。さらに倉庫の中から女の子の喋り声が聞こえてきた。何故か地下に続く階段が掘られている。すぐさま異常を感じとった事務員は警察を呼んだ。
この事件での死者は四ツ木早智を含めた5名。全員同じ学校の生徒だった。あきらは脚を切断することになり、真琴はこのことがきっかけで精神病を患い今は病院に入院している。高校生犯人が警官によって射殺されたこの事件は全国ニュースにもなり波紋を巻き起こした。
連日押しかけるマスコミへの対応に困り果てる教育委員会と校長。
どこから仕入れてきたのか、あきらの元にも笠置と名乗る記者が話を聞きに来た。
笠置記者はただ1つ、この質問を尋ねてきた。
「なんでうちの子はこんなことになったんですか。」
単純で力強い声だった。
「そんなのこっちのセリフだよ。なんで俺は今こうなっているんだよ。なんで俺なんだよ。」
泣き声が響く黄昏時。二人の男は下を向いていた。