小説「獄中の元弁護士」(23)「人を殺したことがあるんじゃあないですか!?」
「北山!面会!」
刑務官が怒鳴り声を上げた。
「あっ!はい!」
(誰だろう?)
これまで北陸にあるこの刑務所に北山を訪ねた者はいなかった。
北山は刑務作業の手を止めて振り向いた。
「じゃあ、検身!」
刑務官が北山の身体検査をする。
「北山!弁護士面会だから!」
(弁護士?)
北山には心当たりがなかった。
「じゃあ、連行ね!前へ進め!」
北山は手の五指を揃えて、刑務官の号令に合わせて、左、右と行進の際にしているように足を交互に高く上げて面会室の方に足を進めた。
(まあ、刑務作業を休めるからいいか。)
面会室の建物に入ると待機していた刑務官が言った。
「ご苦労さまです!」
「ご苦労さまです!」
連行して来た刑務官も答え、北山を受け渡すと元の道を帰って行った。
「称呼番号と名前!」
「1969番、北山です。」
「北山!今日、弁護士面会だから!」
「弁護士ですか?…」
「んっ?何かあるか?弁護士だ。」
北山は刑務官に促されて面会室の扉のガラス窓から中を覗いた。面会室には四十代半ばくらいの年齢のスーツ姿の男が座っている。全く知らない男だ。
「いぇ。大丈夫です。」
北山はそう答えると刑務官に促されて部屋に入った。
「北山譲二さんですね。私は東京弁護士会所属の弁護士の下田智志です。宜しくお願いいたします。後で名刺を差入れしておきますので受け取って下さい。」
「あっ…。はい。」
「今日は弁護人になろうとする者という資格で来ています。」
「でも、俺、もう裁判を終えて刑務所にいるんですよ。」
「別件ですよ。心当たりがあるでしょう?」
「はぁ…。」
「現在、捜査が進んでいる可能性があるんですよ。」
「はい…。」
「あなた、人を殺したことがあるんじゃあないですか?」
「えっ!?」
北山は下田の唐突な振りに驚き押し黙ってしまった。
「練馬区豊玉上の件ですよ。」
北山は眉間に皺を寄せ厳しい表情になった。
「安心して下さい。私は捜査をしに来たんじゃない。あなたの味方ですから。」
「俺はどうなるんですか?」
「それはもうあなたがよく知っているんではないですか。まずは事実関係を詳細にお聞きしたいですな。」
「…。」
「あなたは今回刑に処されたような住居侵入窃盗を一体これまで何件繰り返して来たのですか?」
「…今、ここにいるのはニ刑ですが…。」
「他にもあるんでしょう?」
「はぁ…。」
「その2件の前にも後にもあるんでしょって聞いているんですよ。どうなんですか?」
「あります…。」
「警察で取調べを受けたとき、その全部について聞かれませんでしたか?聞かれない事件もありましたか?」
「ありました。全く聞かれない件もあったし、聞かれたから話したけれども起訴されなかった件もあります。その時、起訴されなかったのに後から改めて起訴されるなんてことがあるんですか?」
「原則としては同時処理の可能性がある場合であれば、一緒に処理しなければならないのはそのとおりです。そうでないと取調べを受けた側は極めて不安定な地位に陥ることになりますし、また何度も逮捕を繰り返されて不利益が甚だしくなるので。しかし、例えば、その時には証拠が揃わず、その後、新証拠が出て立件できる状態になるということもあり、これを違法だとは言えないということはある。つまりその判断は実質的なものだと言えます。」
「既に刑務所にいても、更に取調べられるということはあるのですね…。」
「そうですね。ただ、その場合、実務の現場では、その件一件で起訴された場合に比べて判決が軽いという印象はあります。既に判決を受けて収監されている件の刑と合わせたときのバランスを考慮しているのだと思います。」
「そうなんですか…。」
「先程の質問に戻りますが、人を殺したことがあるでしょう?」
「…。」
「どうなんですか?」
「仕方がなかったんだ。」
「仕方がないとはどういう意味ですか?」
「不在だと思っていた夫婦が激しく抵抗したので、こちらも興奮していたし」
「ふむ。詳しく聞かせていただけますね。」