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アートの深読み15・「ローマの休日」1953
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ウィリアム・ワイラー監督作品、アメリカ映画、原題はRoman Holiday、グレゴリー・ペック、オードリー・ヘプバーン主演、アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞。これまで何度となくくりかえしみてきた映画だが、オードリー・ヘプバーンの魅力が全開している(上図)。映画の筋立てとは逆に、ハリウッドの大スターが、デビュー間もない新人女優を、優しくエスコートしている。
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アメリカの通信社の記者(ジョー・ブラッドレー)が、王女(アン)との偶然の出会いを通じて、ローマでの一夜限りの恋を成功させる話である。所詮添い遂げられることが叶わないことはわかっていて、それでも限られた時間を、できりだけ濃密な思いですごそうとする。淡い恋心は大人の恋であるのだが、純真な子どもの初恋のような、目の輝きをともなっている(上図)。
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スクープ写真を盗み撮りをして、それに記事を乗せると、話題をさらい、売り上げを伸ばすのは確実だが、それらをすべてやめてしまい、密かに心に刻むという選択をすることで、絵になる演出が完成する。友人のカメラマン(アーヴィング)は、はじめその判断を理解できなかったが、記者が王女とのラブストーリーを完結したいのだと察して、最後の謁見で、盗み撮りの写真を王女に返している。本来ならそれは新聞の第一面を飾っていたものだった(上図)。記録に残すよりも、心に残したということになる。
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スキャンダルをかぎまくるのを生きがいとした、名もないライターが、偶然出会ったのは、夜のローマのベンチだった。無防備な酔っ払いとも思える娘が、眠そうにしている。声をかけると、ふだん耳にする若い娘のしゃべりかたとは異なっている。とにかく安アパートに連れ帰り、一夜の宿を提供してやる。次の朝、朝刊には王女の顔写真が大きく写されていた。各地を歴訪中なのが、体調を崩したことを伝えている。記者はまだ眠りについている娘の顔と見比べて、王女であることを確信する(上図)。
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知らぬ顔をして同行すれば、とくダネはまちがいない。仲間のカメラマンに連絡を取って、ライター型の隠しカメラが活躍することになる(上図)。ローマの名所見物が登場する。スペイン広場での偶然を装った再会、真実の口での悪ふざけ、黒づくめのエージェントに追いかけられての、夜の酒場での乱闘など、印象的な名場面が続いていく(下図)。スクーターに二人乗りをして、映し出されたローマの街並みは、庶民感覚に満ちた、王女にとってははじめての経験だった。
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一夜の恋は口づけをするまでに至るが、次の日には手の届かないすまし顔の王女がいた。記者会見で分からないように目配せをする瞬間は、ひとときのローマの休日を、永遠にとどめようとするものだった。会見の終わり王女の立ち去った王宮に、最後まで残っている記者の姿があった(下図)。スクープを逃してあまりある幸福の余韻に満ちた失恋が、ハッピーエンドとなった。それは二度とは体験できない最大のスクープだっただろう。
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かぐや姫伝説にも似て、月に戻るのはわかっていても、つかの間の縁を楽しむ、一夜の夢にほかならないものだった。王女がやってきた国名は知らされないままなのは、月の国からやってきて、深夜のローマのベンチに降り立ったのだともいえるものだ(下図)。月の夜の竹藪のように、月の光を照り返したローマの噴水のほとりで、眠る王女は輝きを放っていた。
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古代ローマを扱ったアメリカ映画と同じで、イタリア語が聞こえてきたかなと思い返すことになる。ここは一体どこだったのだろうか。もちろん敗戦国イタリアは日本と同じで、英語が耳慣れたものだっただろうが、うるさいまでにイタリア語が飛び交うフェリーニのローマとは明らかに異なっている。
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