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TikTok米国事業の買収問題と今後の展望


そもそも今どうなっているの?
問題の背景

中国発の短編動画アプリ「TikTok(ティックトック)」は若年層を中心に米国でも爆発的な人気を誇っています。

しかし、その親会社が中国企業バイトダンス(ByteDance)であることから、米国政府は国家安全保障上の懸念を強めてきました。具体的には、「中国政府がTikTokを通じて米国ユーザーの個人データにアクセスしたり、アルゴリズムを操作して世論に影響を与えたりする恐れ」が指摘されています。実際、2022年にはバイトダンス社内の複数社員がTikTokのデータに不正アクセスし、米国人ジャーナリストの位置情報を追跡しようとしていたとされており、これが大きな問題となりました。こうした事例もあり、TikTokは米政府・議会から「外国の敵対勢力によるアプリ」とみなされ、安全保障リスクとして規制対象となってきたのです。経済問題もこの裏に見え隠れしていますが、一般的にはこのようなことが名目上の理由として上げられています。

米政府の対応も政権ごとに変遷してきました。トランプ前政権(第一期、~2021年)では2020年に大統領令を発出し、TikTokを事実上禁止する措置と米国内事業の売却を強硬に迫りました。トランプ氏は当時、TikTokが米国人ユーザーのデータを中国政府に提供する可能性を国家安全保障上の脅威と位置付け、売却が実現しなければアプリ配信禁止に踏み切る姿勢を示しました。その結果、米IT大手マイクロソフトやOracle(オラクル)が買収交渉に名乗りを上げ、最終的にはオラクルと小売大手ウォルマートが出資する形でTikTokの米国事業を引き継ぐ新会社「TikTok Global」を設立する案が一時承認されました。
この案では、新会社株式の20%をオラクルとウォルマートが取得し、取締役の大半を米国人とすることで米国側が経営権を握る計画でした。しかし、TikTok配信禁止の大統領令は米連邦地裁によって差し止められ、交渉も米中双方の承認が得られないまま宙に浮き、トランプ氏の退任とともに実現しませんでした。

バイデン政権に移行後は一旦トランプ氏の禁止措置を撤回しつつ、引き続きTikTok問題の解決策を模索してきました。TikTok側も米国ユーザーデータを国内サーバーに保存する「Project Texas」と呼ばれる計画でオラクルにデータ管理を委託するなど、安全保障上の懸念払拭に努めました。しかし米議会では超党派でTikTok規制を求める声が高まり、2024年末にはバイデン大統領がついに「TikTok禁止法」と通称される新法案に署名
この新法は**「バイトダンスがTikTokの米国事業を2025年1月19日までに売却しない場合、米国内でのサービス停止を命じる」**内容で、事実上TikTokに「売却かサービス終了か」の最終通告を突きつけるものでした 。

TikTok側はこの措置は違憲だとして裁判で争いましたが、2024年12月に米高裁(控訴院)が新法の合憲性を認めたことで形勢は不利に傾きます。年明けの2025年1月10日には連邦最高裁で口頭弁論も行われましたが、新法施行の停止は認められず、当初の期限までに事業売却が決まらなければTikTokは米国市場から排除される危機に直面しました。

TikTokを巡る米中対立も深刻化しています。TikTokのショウ・チュウCEOは一貫して**「事業売却は数百万行に及ぶコードを他者に手渡すことになり現実的に不可能だ」と主張し、親会社バイトダンスも「TikTok株式の強制売却は中国の技術輸出規制に抵触し、中国政府に阻止される恐れが高い」として断固反対の姿勢を示してきました。
実際、中国政府は2020年にアルゴリズムなど重要技術の海外移転を制限する規制を整備しており、TikTokのレコメンデーションAIは「中国が戦略的に守る技術」と位置付けられています。そのため、仮に米国側が強制的に売却させようとしても中国政府が承認しない可能性が高く、バイトダンスは「法廷闘争に敗れた場合は『事業の売却より米国でのサービス終了を選ぶ』**」との報道もあるほど強硬です。このように、TikTok米国事業を巡っては米政府・議会の安全保障上の懸念と、バイトダンス側の経営権死守の意志が正面から衝突する構図となっています。

最新の買収提案

こうした中、2025年に入り具体的な買収提案やシナリオが相次いで浮上しています。中でも注目を集めているのが、米AI新興企業「パープレキシティAI(Perplexity AI)」によるTikTok米国事業との合併提案です。同社は対話型AIを活用した検索エンジンを手掛けるスタートアップですが、TikTok禁止法によるサービス停止の危機を受け、2025年1月18日にByteDanceに対して異例の**「TikTok USとPerplexityを合併する」**提案を行いました。さらに1月26日にはこの提案を一部修正し、複数のメディアがその内容を報じています 。

Perplexityの合併案の骨子は以下のようなものです。

  • 新会社(持株会社)の設立: TikTokの米国事業とPerplexity AI、および第三の出資パートナー(ニュー・キャピタル・パートナーズと報じられる)を統合し、新たに米国籍の「NewCo(仮称)」を設立する 。この新会社がTikTok USの運営主体となり、将来的にIPO(新規株式公開)を目指す計画です。

  • ByteDance既存株主への配慮: ByteDanceはTikTok米国事業をNewCoに寄託・売却し、代わりにTikTok現有の株主(ByteDanceの出資者)は新会社NewCoの株式を取得する。一方、TikTokのコンテンツ推奨アルゴリズム(レコメンドエンジン)は売却対象から外し、引き続きByteDanceが保有する条件としています。つまり**「アルゴリズム抜き」でTikTok USの事業資産のみを切り離す**形です。この点は中国側の技術流出懸念に配慮したものと言えます。

  • Perplexity側の合流条件: Perplexity AIの株主は、新会社NewCoの株式と引き換えにPerplexityを合併させる意向で、事実上TikTok USに自社を買収させる(逆買収)形をとる見込みです。こうすることで、Perplexityは保有する対話AI技術と大量のTikTok動画データを結びつけ、検索・推薦アルゴリズムの高度化に活用できる利点があります。

  • 資金計画と政府関与: 合併・新会社設立に必要な資金は、新たに募る第三者投資家から提供するとしています。バイトダンスの投資家に対しては一度限りの配当(金銭)を支払い、代わりにガバナンスを簡素化(=中国側の経営関与を希薄化)する狙いです。将来的には新会社を少なくとも3,000億ドル(約46兆円)評価でIPOさせ、米国政府が最大50%の株式を保有できる枠を設ける内容となっています。ただし報道によれば、政府が保有する株式には議決権を与えず、政府関係者が取締役に就任することもない仕組みで、あくまで国が“受益者”になるだけで経営には介入しない条件だといいます。この点は、政府が直接経営に関与するとSNSの中立性や検閲の懸念が生じるため、それを避ける意図と見られます。また、**想定される買収額は「500億ドルをはるかに上回る」**とも報じられており、新会社株式を現金化する株主が多い場合、調達資金はさらに増える可能性があります 。

Perplexityの合併案は極めてユニークなスキームですが、メリットと課題が混在しています。

メリットとしては、
(1) TikTokが完全にサービス停止する事態を避けつつ、米国主導の新体制で運営できるため国家安全保障上の懸念を緩和できること
(2) ByteDanceにとっても「強制的に虎の子のアルゴリズムまで奪われる」最悪シナリオは回避できること
(3) TikTok既存投資家も新会社株式によって利得の道が開け、一定の軟着陸が図れること
(4) Perplexityにとっては世界有数の動画プラットフォームとデータを獲得し、事業拡大とAI技術強化に繋がること、などが挙げられます。

一方、課題・デメリットとしては
(a) 実現には米中双方の政府・規制当局の承認が必要でハードルが高いこと
(b) アルゴリズム抜きでTikTokのユーザーエクスペリエンスを維持できるか(新会社が独自に推薦システムを構築する必要)
(c) 出資者の調整やIPOに至るまでの不確実性
(d) 米国政府が株主になる前例のない枠組みに対する世論の賛否、など不透明要素も多く残ります。

またByteDance自身が依然として売却に難色を示しており、「TikTok USは売却しない」と公言しているため、提案が受け入れられるかは不明です。それでも**「ByteDanceがTikTok米事業を完全に手放さずに済み、かつ米国側の取締役会による完全な管理を受け入れる」という妥協点**になり得るとの見方もあり、関係者の間では「TikTok存続のための最後の道筋」と期待する声も上がっています 。

次に米政府・政権側の動向ですが、2025年1月に発足したトランプ政権(第45代大統領の再登板)はTikTok問題に独自のアプローチを示しています。トランプ大統領は就任初日にTikTok禁止法の施行を75日間延期する大統領令に署名し、サービス停止を猶予する一方で**「TikTokの買収に向けた交渉を続ける」意向を表明しました。
さらに2月3日には、米財務省と商務省に対し政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)の設立を命じる大統領令に署名し、記者団に対して「そのファンドがTikTokを買収する可能性がある」と言及しています。トランプ氏は「莫大な富を創出できる」「米国が政府系ファンドを持つ時が来た」と述べ、国家主導で利益を生む投資を行う考えを示しました。具体的な仕組みは未定ですが、報道によれば米国際開発金融公社(DFC)を転換して政府系ファンド的な機能を持たせる案**などが検討されている模様です。もっとも、このような政府ファンド創設には議会承認が必要になる見通しで、実現性は流動的です。それでも米政府自らがTikTok買収に関与する可能性が示されたことで、市場や関係企業へのインパクトは大きく、TikTok問題解決への政権の本気度がうかがえます。

一方、市場やメディアではイーロン・マスク氏の名前も取り沙汰されました。「TikTok米国事業の買い手としてマスク氏(X〈旧Twitter〉のオーナー)を中国当局が検討している」との報道が一部で流れたのです。BloombergやWSJは、中国政府内で「TikTokをマスク氏に売却すれば、米議会が要求する“非敵対的な米国企業への譲渡”を満たしつつ、中国側にとってもテスラ事業を通じて影響力のある人物に委ねられる」というシナリオが議論されたと伝えました。マスク氏がTikTokを入手すれば、彼の運営するXと統合する形で共同運営でき、Xの広告ビジネス拡大やマスク氏のAI企業xAIへのデータ提供などシナジー効果があるとも指摘されています 。
しかし、この噂に対しTikTok側は即座に**「まったくのデタラメだ」と否定し、「完全な作り話にはコメントしない」と一蹴しました。バイトダンスも「TikTokは売却しない」という立場を崩しておらず、マスク氏本人もこの件に関して一切コメントしていません。現時点でマスク氏が買収に動く兆候はなく、専門家は「仮にマスク氏がオーナーになった場合、TwitterをXに急変させた前例から見てもTikTokも全く別物になる可能性が高い」と指摘します 。特にTikTokのキモであるアルゴリズムが中国側に留まる可能性が高いため**、仮にマスク氏が引き継いでも現在のTikTokとは大きく異なるサービスになるだろうとの見方です。
また、マスク氏にはX買収に440億ドルを費やした過去があり、テスラ株主から「これ以上別のSNSに手を広げるべきではない」との圧力も予想され 、現実的にはTikTok買収に関与しない公算が大きいでしょう。実際、この報道が流れた際、一時**「TikTokが消滅すれば恩恵を受ける」と期待されていた米競合SNS(MetaやSnap)の株価が下落する**動きもみられました。投資家はTikTok売却先としてマスク氏が浮上したことでTikTok存続の可能性が出てきたと受け止め、逆にTikTok禁止による恩恵を見込んでいたMetaやSnapにはマイナス材料と捉えたのです。

その他の買収候補としては、まず2020年に名乗りを上げたマイクロソフトオラクルの名前が再び取り沙汰されています。トランプ大統領(第2期)は**「TikTokを米企業との合弁事業に移管し、米資本が50%の株式を持つべきだ」との姿勢を示しているため、自然と資金力・技術力のある大手IT企業が候補となりました。報道や業界予測ではMicrosoft、Oracle、著名ユーチューバーが参加する投資家グループなどが買収レースに浮上しているとされ、「データガバナンス、広告、EC、AIなど複数分野で親和性が高い企業連合が有力」との分析もあります
マイクロソフトはクラウド(Azure)やAI(OpenAIとの提携)に強みがあり、TikTokのデータ利活用やコンテンツ管理で相乗効果が見込める点が評価されています。
一方、オラクルは現在もTikTok米国ユーザーデータのホスティングを担っており、2020年の提携枠組み(TikTok Global構想)から継続して関与を模索する可能性があります。
さらに米大富豪フランク・マッコート氏**(元MLBロサンゼルス・ドジャースオーナー)が率いる**「Project Liberty」も正式に買収提案を表明しました 。Project Libertyはマッコート氏が「健全なSNSの再構築」を掲げて2021年から推進しているプロジェクトで、TikTok禁止法成立後にTikTok米事業の買収意向を明らかにしていました。2025年1月10日に発表した声明では「ユーザーファーストのアメリカ製技術基盤に基づきTikTokを再構築する」とし、「現在のTikTokアルゴリズムに依存せずプラットフォームを存続させることでサービス停止を回避し、何百万人もの米国人ユーザーが使い続けられるようにする」と述べています 。マッコート氏は「ByteDanceとトランプ次期大統領(当時就任前)と協力し、この取引実現を楽しみにしている」とまで語っており、政権交代のタイミングを捉えて積極的に動いています。マッコート氏の提案はTikTokを現行アルゴリズムから切り離し、独自の技術で存続させる構想であり、パートナーのケビン・オレリー氏は「適切な人材・ビジョン・テクノロジーを結集しTikTok禁止を回避する取引だ。これは全ての米国人の勝利となる」と自信を見せています。
このほか、民間の投資ファンドやクリエイター主体のコンソーシアムなど、様々な噂が飛び交っています。逆にGoogle(YouTubeの親会社)やMeta(Instagramの親会社)**といった既存ソーシャルメディア大手は、仮に関心があっても独占禁止法上の観点から買収は難しいと見られます。特にMetaはTikTok最大の競合であり、仮に買収となれば市場独占の批判は免れず現実的ではありません(むしろTikTokが消えれば自社に有利なため静観する立場でしょう)。Googleも同様に規制当局の許可が下りない可能性が高いです。そのため、現実的な買い手はテック大手以外の第三極(Oracleやマッコート氏のグループ、あるいはPerplexityのような新興企業連合)になる可能性が高まっています。

TikTok米国事業の今後の展望

TikTok米国事業の行方は、**「買収・譲渡によってサービス継続」か「買収不成立でサービス停止」**か、現時点では予断を許しません。それぞれのシナリオについて、今後の展望と影響を考えてみます。

1. 買収が実現しなかった場合のリスク(サービス停止の可能性)

最悪のケースは、期限までに適切な買い手や合意案がまとまらず、TikTokが米国から撤退・サービス停止に追い込まれるシナリオです。この場合、法律の規定に従い米国でTikTokアプリの提供・運営が禁止されます。具体的には、まずAppleやGoogleのアプリストアからTikTokが削除され、新規ダウンロードやアップデートができなくなります。既存ユーザー(その数は米国内で1億7,000万人以上とも言われます (TikTok禁止新法19日発効へ、米国での影響は | ロイター))は、端末にインストール済みのTikTokを直ちに失うわけではありません。しかし、セキュリティ更新や機能アップデートが止まるため徐々にアプリが使えなくなっていく見通しです。実際、TikTok禁止法の施行を見据え、一部のユーザーはVPN(仮想プライベートネットワーク)で規制を回避する方法を動画で共有し始めています。とはいえ一般ユーザーの大多数にとって利用継続は困難になり、**事実上「TikTok消滅」**という状況になるでしょう。

サービス停止となれば、まずTikTokに依存して生計を立てていたクリエイターやインフルエンサーに大打撃です。TikTok上で数百万人のフォロワーを持ち、小売ブランドを展開していたクリエイターは「新法が発効すれば、零細事業者はマーケティング費用が嵩みコストが増大する。大打撃だ」と不安を語っています。多くのクリエイターや中小企業にとって、TikTokは低コストで大衆にリーチできる貴重なプラットフォームでした。それが消えることで、彼らはInstagramやYouTubeなど他のSNSへ活動の場を移さざるを得なくなります。しかし新天地で同じ規模のファン層を再構築できる保証はなく、特にTikTok特有のアルゴリズムが生み出していた**「無名の新人でも一夜でバイラルヒットする」**といった機会は失われてしまいます。マーケティング面でも、TikTok発のバイラルトレンドに期待していたブランド企業は戦略の練り直しを迫られます。近年はTikTok経由でヒット商品が生まれる例も多く、米国企業の広告・販促戦略に組み込まれていただけに、その穴埋めは簡単ではありません。

また、デジタル広告市場にも影響が及びます。2024年におけるTikTok米国事業の広告収入は**123億ドル(約1.8兆円)**に達すると見込まれていました 。これはInstagram(Meta社)などと比べれば規模は小さいものの、短期間でここまで成長したTikTokの勢いを示す数字です。サービス停止となれば、この広告予算の行き場が変わります。広告主の多くは代替としてInstagramのリールやYouTubeのショート動画、Snapchatなど競合プラットフォームに出稿を振り向けるでしょう。実際、TikTok禁止法の成立が現実味を帯びた2024年末以降、TikTokユーザーを奪えるとの期待からMeta(Instagram)やSnap(Snapchat)の株価が上昇する局面もありました(※逆に前述のようにTikTok存続の可能性が報じられると株価が下落する動きもあり、市場は敏感に反応しています。TikTok不在となれば短尺動画市場はInstagramとYouTubeが二分する形になり、広告費もそれら既存プレイヤーに再配分されるでしょう。ユーザーも人気クリエイターのいるプラットフォームへ流れるため、ソーシャルメディアの競争環境は一気に集中度が増す可能性があります。

ただし、TikTokコミュニティには熱心なファンが多く、完全停止になってもなお**「抜け道」を模索する動きは続くかもしれません。例えばVPNを使い国外からアクセスする、類似アプリ(ByteDance傘下のLemon8など)に避難する、といった動きです。しかしLemon8も中国系でいずれ禁止対象になるとの見方が強く、抜本的解決策にはなりません。最終的にはTikTok米国法人の約7,000人の従業員も職を失い(すでに社内ではレイオフ不安が広がっていると報じられました、TikTokという一大プラットフォームが築いた経済圏・カルチャーが米国で途絶える**ことになります。米国の若者文化や音楽業界への影響も甚大で、TikTok発のヒット曲やミームが消えることでエンタメ業界にも波及効果が及ぶでしょう。

2. 買収が成立した場合の影響(新体制・事業戦略の変化)

一方、期限内またはトランプ政権による延期期間(75日間の猶予)内に買収・合併が成立し、TikTok米国事業が新たな所有者の下で存続するシナリオでは、別の展開が見えてきます。この場合、まずTikTokの米国内サービス停止は回避され、1億人以上のユーザーは引き続きアプリを利用できます。クリエイターや広告主も安心してプラットフォームを使い続けられるため、市場へのショックは和らぐでしょう。むしろ、長らく不透明だったTikTokの将来が安定することで、企業のTikTok活用は以前にも増して活発になる可能性もあります(規制リスクが解消されれば、大手ブランドほど安心して広告投下や公式アカウント運用を行えるため)。

とはいえ、新体制下のTikTokはオーナーシップや戦略面でいくつか変化が起こると予想されます。第一に、技術面(アルゴリズム)の課題です。前述のように、ByteDanceがTikTokの推薦アルゴリズムを手放さない場合、新オーナーは独自のレコメンデーションエンジンを用意する必要があります。TikTokの強みはユーザーの嗜好を精緻に学習するアルゴリズムにありましたが、それが使えないとなればサービス体験が初期は変化する可能性があります(おすすめ精度が落ちる、コンテンツの傾向が変わる等)。もっとも、Perplexity案のようにAI企業が関与するケースでは、独自AIでアルゴリズムを再構築することも考えられますし、Project Liberty案のように**「現行アルゴリズムに依存しない再構築」を掲げる動きもあります。時間はかかるものの、米国主導で新しいTikTokの技術基盤を作り上げることも不可能ではないでしょう。その過程で、一時的にユーザーエンゲージメントが下がるリスクはありますが、逆に言えばアルゴリズム以外の強み(コミュニティ、UI/UX、ブランド力)**でユーザーをつなぎとめることが重要になります。

第二に、ガバナンス(運営方針)の変化です。新オーナーが企業連合や政府系ファンドの場合、経営陣に米国の有識者や業界関係者が加わり、取締役会はオールアメリカンな顔ぶれになるでしょう。これにより、コンテンツモデレーション(有害コンテンツの管理)やデータ保護ポリシーも米国の規範に沿ったものに再設計されるはずです。中国政府の検閲リスクが減り、より透明性の高い運営が期待できます。一方で、米国政府が株主として関与(議決権なしでも)する形になると、「政府のお墨付きSNS」という特殊な立ち位置にもなります。政府介入への警戒から表現の自由を重視するユーザーが距離を置く可能性もあり、バランスが難しいところです。ただ、Perplexity案では政府は経済的な受益者に留まり運営に口出ししない設計としており、政治的中立と安全保障上の安心感を両立させる工夫がなされています。いずれにせよ、新体制の下では「中国離れ」した運営が行われるため、米当局との関係改善は確実です。これは長期的にTikTokが米国市場で事業拡大する上で追い風となるでしょう。

第三に、事業戦略の変化です。新オーナーの属性によってTikTokの方向性が多少変わるかもしれません。例えばPerplexity AIが主導権を握るなら、TikTok上に高度な検索機能や対話AIチャットボット機能が追加されるなど、AIとの融合が進む可能性があります。Oracleが関与するなら、バックエンドのクラウドインフラ強化やデータ分析基盤の充実が図られるでしょう。マッコート氏のProject Libertyなら、ブロックチェーン技術の活用や分散型SNSの思想を取り入れ、ユーザーのデータ所有権を重視した新機能が導入されるかもしれません(同氏はWeb3的な次世代SNSに関心を示しています)。いずれの場合も、米国市場に最適化した機能開発や提携が進むことが考えられます。たとえば米国の音楽レーベルやeコマース企業との連携強化、クリエイターへの収益還元策の拡充(YouTubeのような収益分配モデルの整備)など、利用者基盤を維持・拡大するための戦略が打ち出されるでしょう。

3. 米国市場でのTikTok競争環境とビジネスへの影響

TikTok米国事業の行方は、米国内のソーシャルメディア競争環境にも大きな影響を及ぼします。現在、短尺動画分野ではTikTokが先行者利益で若年層の圧倒的支持を得ていますが、ライバルとしてInstagramのReelsやYouTubeのShortsが猛追しています。サービス停止となればこれら競合が漁夫の利を得る展開は前述の通りですが、TikTok存続となった場合でも引き続き熾烈なシェア争いが続くでしょう。

ユーザー規模・エンゲージメントの比較では、TikTokは米国で月間1億5,000万人以上のアクティブユーザーを抱え、平均利用時間も競合を上回るとされています。一方、InstagramやYouTubeは総ユーザー数ではTikTokを上回るものの、短動画機能(ReelsやShorts)に限ればTikTokの独自文化や中毒性には一歩譲る部分もあります。TikTokが新体制下でもその**「バイラル創出力」**を維持できれば、若年層の支持は引き続き厚く、競合他社にとって脅威であり続けます。特にInstagramはTikTok禁止を歓迎する旨の発言を内部でしていたとも報じられており、TikTokが残る場合はさらなる機能模倣やインフルエンサー囲い込み策で対抗してくるでしょう。またYouTubeはクリエイター収益分配モデルが強みで、TikTokクリエイターを引き抜く動きを強める可能性があります。つまり、TikTok存続シナリオではプラットフォーム間のクリエイター獲得競争・機能競争が一段と激化し、ユーザーにとっては選択肢が広がる一方でコンテンツの質向上が期待できる状況です。

ビジネスへの影響としては、TikTokが米国企業傘下に入れば広告主の信頼はむしろ増し、TikTok広告市場が拡大する可能性があります。前述のようにTikTokの米国広告収入は年100億ドル規模ですが、規制リスクが消えればテレビ広告などからのさらなるシフトもあり得ます。TikTokは高度なアルゴリズムでニッチな関心にもリーチできるため、商品のターゲティング広告やブランド発信の場として独自の価値があります。新オーナーが広告ビジネスに強い企業であれば、広告商品の開発やクリエイティブ支援ツールの提供など、広告主向けサービスの充実が進むでしょう。またコマース分野でも、TikTok上で直接商品を販売できる機能(ライブコマースやショップ機能)の拡充が期待されます。中国版TikTok(抖音)ではECが成功しており、米国版でも本格展開すればAmazonやInstagram Shoppingへの対抗馬になり得ます。新体制が安定すれば、こうした収益多角化戦略にも着手しやすくなるはずです。

クリエイターエコノミーへの影響も見逃せません。TikTokはこれまでクリエイター支援基金を設けつつも、YouTubeに比べれば収益分配が少ないと批判されてきました。新オーナーが長期的視点でTikTokを育てるなら、クリエイターへの報酬体系見直しや、有料コンテンツ機能(投げ銭、サブスクリプション)の拡大などクリエイター重視の施策が出てくる可能性があります。これはクリエイターのプラットフォームに対するロイヤルティ向上につながり、結果的にユーザー体験も豊かになる好循環を生むでしょう。逆にサービス終了となれば、クリエイター経済圏そのものが縮小し、才能ある若者の活躍の場が狭まる懸念があります。

総じて、TikTok米国事業の行方は米国のデジタル産業・カルチャーに甚大な影響を及ぼす重要課題です。ビジネスパーソンにとっては、単なる一企業の売却問題に留まらず、「国家安全保障とビジネスのせめぎ合い」「米中新冷戦下でのテクノロジー覇権争い」「ソーシャルメディア市場の構造変化」といった広範なテーマが詰まったケーススタディとも言えます。今後数ヶ月で買収交渉の行方が定まり、仮にTikTokが米国資本主導の新体制へ移行すれば、規制とイノベーションの折り合いをつけた一つのモデルとなるでしょう。逆に最悪シナリオでは、強大なユーザーベースを持つサービスが地政学リスクで消滅する前例となり、グローバル企業のリスクマネジメントに一石を投じることになります。いずれにせよ、TikTokの今後の動向から目が離せない状況が続いていると言えます。そしてその結末次第で、米国のSNS業界勢力図やデジタルマーケティング戦略は大きく書き換えられることになるでしょう。