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あらたとまこと①バレンタインの羊羹(ようかん)〜5分小説〜 


まこと15歳。3月


「え…。あらた、ここまで車で来てくれるんだって…。」
 お風呂上がりの真っ暗な田舎の夜。母とテレビを見ている時、ふと入ったLINEを見てびっくりした。
「そうなの⁈こんな遠いところまで。お母さんの車でかなぁ?」
「うん、多分…。」
 3月14日。中学生で最後の冬。私には好きな人がいた。でも、付き合ってもいないし幼馴染でもない。仲のいいクラスメイトだったあらたは、決して近くないわたしの家まで、お母さんに車を出してもらってまで、ホワイトデーを渡しに来てくれたのだった。
 これは、まことの最初で最後の初恋だった。

あらた15歳。3月

 3月14日。きっと、こうやってまことに会いに行くのは初めてで最後になるだろう。恋人ではない。でも、ただのクラスメイトでもない。そんな気がしていた。
 「もうここからずっと真っ直ぐやんね?やけに曲がった道が多いのね、桜島って。」
 「あってると思う。街灯も少ないし真っ暗やなぁ。このトンネル抜けたら街明かり見えるかもな。」
 お母さんには申し訳ないけど、車を出してもらった。
 あの子もわざわざ家まで来て渡しに来てくれたんやし、あらたも渡しに行かなくちゃね、と言って協力してくれた。何も聞かないけど、付き合ってもいないことも、ただ仲が良いだけなことも、勘づいているのだろう…。
 まこととはこんなふうに仲が良くなるとは思ってなかった。だから、せめて最後は手渡しで、お互いの道を応援してお別れするべきなのだと思った。

まこと13歳。4月

 3年前、中学に上がり、わたしは意気揚々としていた。今まで小さな島国みたいなところにいたから、羽が伸びたように、なんでもできる気がしていた。部活、勉強、そして恋愛。塾に通っていたり、バドミントンのスポーツクラブに所属していたわたしは、地元以外でも交流が多かったため、すでにクラスメイトの顔を何人か知っていた。
 「まこっちゃん久しぶり!」
 「くるみちゃん!わぁ〜、おんなじクラスやったね、嬉しいわぁ〜!」
 くるみちゃんとは、小学3年生の時から、バドミントンクラブのダブルスのペアだった。わたしの地元、桜島小学校は全校生徒が50人にも満たない、小さな学校だったのに反して、隣町の相川小学校や谷城小学校は、各学年に「クラス」があるほど人数が多く、スポーツクラブもバドミントンだけではなく、サッカーや野球、ハンドボールもあった。  
 年に数回ある各スポーツの合同練習で、奇数同士でペアが余った時、相川小学校のくるみちゃんと出会った。初めてのペアにしては意気投合したし、わたしが苦手なバックハンドをうまく使いこなすくるみちゃんが、後ろから見ていてかっこいいなぁと思った。そこから、ずっと合同練習では一緒にペアを組んだし、なんなら試合にも一緒にペアで出たほど、仲良しペアになった。
 「これから一緒に教室移動とかしような!あ!部活はもちろんバドミントン部やんな?」
 「うん!でも他にも見てみたい部活あるねん〜。」
 「え〜⁈バドミントン部一緒に入ろやぁ〜!裏切らんといてやぁ〜!」
 「他の部活見て、やっぱりバドミントン部しかないわ〜って思って行くんやで?」
 「また上手いこと言って〜!まこっちゃんにはいっつも敵わんわ。」
 相変わらずの雰囲気が2人の中で漂い、笑い合っていた時、ふと目に入ったのがあらただった。
 「あの背高いひと。野球部かな?あれだけ背高い人、わたしの小学校にはおらへんかった。」
 「あ〜!あらたね。サッカーのスポーツクラブにいたよ。部活に入らずそのままクラブでサッカー続けるらしいよ!」
 「え?そんなことできるん?」
 「うん!水泳習ってる人は、水泳部ないから、水泳そのまま習い事で続けたりしてるやん!そんな感じじゃない?」
 確かに、桜島小学校にいた一つ上の先輩も、中学に上がってから部活に入らずに習い事の水泳を続けている。
 「でも、サッカーってうちの中学校に部活であるよね?」
 「それがよく分からないけど、練習もほぼ毎日だし、結構ハードらしくて。部活じゃ物足りないからじゃないかな?かなり上手いらしいしね!」
 「そうなんや〜。上には上がいるもんやね〜。」
 「そんなうちらも、最強のペアになろな!」
 「もっちろん!打倒、ゆっちゃんペアやな…!」
 「ややぁ〜!あのペア強すぎやもん。」
 そうやって、ふと会話に出てきたあらたは、その時の男子グループの輪の中で、一際輝いて見えた。背が高くて、色が少し周りの人よりも黒くて、スポーツマンらしい彼に、わたしは惹かれて行った。  

あらた15歳。1月

 どうせ中学に入っても、サッカー人生に変わりはない。新しいクラスで新しい友達も増えて楽しくて浮かれてはいたけど、まさか初めて中学で告白されたのがまこととは思えなかった。
 まことは隣町からきたガッツのいい女子で、清楚というよりは、真面目でなんでもやってやるって感じがするやつだった。でも学級委員を務めたり、人が嫌がることを進んでやるタイプで、俗にいう、きらきら女子とは程遠い、どちらかと言うと一匹狼のような存在だった。今気づくのは、ああいうタイプのやつがいたからクラスがうまく成立していたんだと感心する。まあ、まこともサバサバしてて無意識にいろいろやっていたんだろうけど。
 決して恋愛対象でもなかったし、告白された時はびっくりしたし、あっさり振った。一時期はあいつに告白されたってネタにしていた。
 でも、学年が上がるに連れて以外といじりがいがあって面白かった。3年間一緒のクラスだったけど最後は俺の後ろがあいつだった。一度、勇気を持って聞こうとした。
 「なぁ、まこと!話がある!はい、座って!」
 「なんなん?!」
 いつものノリで行こうと思ったけど
 「1年の時さ…。…いや、やっぱ聞かんほうないいな!忘れて!」
 ちょっと間を空けたからか、まことも気づいていたかもしれない。でも、この関係が楽しかったからどうでも良くなった。
 「ほんまになに〜!もういいわ!」
 なんで俺に告白したん?なんで好きやったん?いろいろ聞きたかったけど、思春期でいろいろあったことを俺もわかってきてた。
 もうすぐ卒業やしきっとこんな時間も忘れるやろ。

あらた15歳。2月

 「俺、バレンタインはチョコじゃなくてでっかい羊羹がいい。」
 「それめっちゃウケるんやけど!」
 俺とまことは化学室の掃除場所が一緒だった。机の上に重い木椅子を上げるのはいつも億劫だけど、掃除を早く終わらしたいためにいつも2個持ちで持ち上げる。あ〜、俺の仕事終了〜っていうと、決まり文句のように、真面目なまことは、こらっ!ちりとり持って!とか言ってなにかと怒ってくる。高い位置に結んだポニーテールを揺らしながら、せっせと掃除する姿が地味すぎて、シンデレラになれなかったまことさんよぉ〜って頭文字に入れて話すと、余計に不機嫌な顔を見せてくるあいつが面白かった。
 なんでバレンタインの話になったのか、まことは意外にもお菓子作りがうまかった。いや、意外ではないな。ピアノも弾けたりと結構器用だった。中学校の合唱コンクールは3年間、ピアノの伴奏を務めていたし、読書感想『画』でも、県で銅賞を取っていた。
 バレンタイン今年何作る?って幼馴染のゆうと話してるのを聞いて、羊羹作ってくれ!ってリクエストしたら、かなりアホにされたけど、バレンタインの前日に、
 「羊羹冷やし固めてるよ。」って笑いながら話しかけてきた。
 「ほんまに作ってくれたん?!まこと最高すぎ。」
 「まぁ、羊羹もチョコと似た色やし、お陰で安く済んだし、ゼラチンで冷やし固めて、型取りするのも面白かった!お母さんも笑ってたわ。」
 どうやら、塾の帰りに俺の家まで来てくれるらしい。俺の家知ってるん?って言ったら、幼馴染のゆうがまことを連れていくって。
 どう言う気持ちか分からないけど、楽しみになってきた。

 「あらた、ゆうちゃんと同じクラスの子、バレンタイン渡しに来てくれたよ。」
 夜7時30には着くって言っていたけど、今は8時過ぎ。遅くなってごめんね、って塾終わりのまことがゆうと並んで玄関に立っていた。
 「俺、もう羊羹食えんって諦めてたわ。」
 「わたしが約束破るかいな!」
 そうやって渡してくれた箱は、
 「いや、大きくね!」って笑って受け取ったら
 「そりゃ、羊羹入ってるからね。」
 早めに食べてね〜って手を振って、雪の道の中、ゆうの家の方向へ帰って行った。
 さっきの子、言ってたクラスメイトの子?ってお母さんに言われ、うんって答えて中身を開けたら
 「え〜!綺麗に桜色に型取られてるやん!」ってお母さんの声に続いて、俺もすげ〜って声をあげて見入ってしまった。
 大きな四角形をした羊羹の上は、桜の型で数カ所抜き取られていて、その抜き取られた羊羹を別の場所に置いて倍に桜を増やすデザインとなっていた。ただの羊羹だと思っていたけど、お店で売ってるような形にびっくりした。味も美味しかった。
 箱全体に羊羹が敷き詰められているのではなく、左の空いたスペースには、これも手作りであろうチョコクッキーや、あとは市販でよく見るサッカーボールのチョコレートが入っていた。
 翌日、あの羊羹すごかったって言ったら、お母さんが手伝ってくれて、型取りもあれはお母さんのアイディアなんよ、ってまことは嬉しそうに話していた。

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