【白の手帖】1頁「青い室内」
1頁「青い室内」
月の明かりがやけに強い夜のことでした。
あなたは静かな微笑みを浮かべながら、
洗面台の前に立っています。
口を濯いで、吐いて。
また水を含み、濯いで、吐く。
この世で最も穢れなきものを
あなたは知っているのでしょう。
青く照らされた階段を
軽やかに降りていくあなた。
心に負うものを手放していき、
タオルで拭き取った哀も
やがて乾いていきます。
ああ、なんと美しいのでしょう。
これから月が欠けていくことも
忘れてしまいそうです。
ふとあなたは窓に手を掛け、僅かな隙間から
少しだけ外の世界を取り込みます。
悴んだ手で頬に触れられた時のように、
冷えた風が
忍び込むように私とあなたの傍を通り過ぎ、
やがて気配ごと消えてしまいました。
先ほどから私とあなただけだったのに、
なぜか新しく、
そして他所他所しく思えてしまったのです。
見慣れているはずのあなたの横顔が
知らない誰かに見えて、
私はそれから何も分からなくなりました。
今日が、月明かりの夜ということも、
あなたの美しさも、全て。
「あなた誰ですか?」
不気味に青白く照らされる横顔に
そう尋ねると、私は足元の絨毯を
少しだけ強く踏みしめました。
「私は あなた」
誰も居ない部屋の
窓の明かりが、少しだけ傾きました。
私は、夜。