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まっすぐな彼女の、透明な歌声

これが最後のチャンスだ、と思った。

中学校の文化祭では毎年クラス対抗の合唱コンクールがあり、ピアノが上手い子たちが華やかな伴奏をしていた。わたしも3歳からピアノを習い続けているから、その子たちの実力はよくわかった。とてもじゃないけど、敵わない。
そんなわけで1年生も2年生も、ピアノの伴奏には立候補すらせずに歌で全力を注いできた。


でも「いつかピアノの伴奏をしてみたい」という思いは、心の中に眠っていたのだと思う。


中学3年生の音楽の授業。先生が「伴奏やりたい人〜?」と問いかけたとき、気づいたらわたしは右手を挙げていた。

興味深そうに生徒たちがキョロキョロと見回す音楽室の中で、もう1人、手を挙げている生徒がいた。同じソフトテニス部の女の子だ。目が合ったとき、うまく表情を作れたか分からない。オロオロしているわたしたちを交互に見て、先生はこう言った。

「それじゃあ、2人はピアノを練習してきて。後日、みんなでどっちに伴奏してもらうか決めましょう」

そこから、彼女とわたしの戦いが始まった。


彼女とは教室で休み時間にいつも一緒にお喋りする友達だった。でもピアノで戦うことになってからはお互いにその話題を避けていたので、周りも気を遣っていたと思う。

毎週木曜日のピアノ教室の日、わたしは伴奏の練習を重ねた。この曲が、ピアノを習ってきた中で一番練習した曲かもしれない。家でも弾き込んだ楽譜は、教室の先生にたくさん赤を入れてもらってヨレヨレになっていた。

そしてついにピアノ伴奏者を決める日が来た。

音楽室で、彼女とわたし以外の生徒には机に伏せてもらう。誰の演奏か分からないようにして多数決をとる方式だ。

どきどきしながら、挙がったクラスメイトたちの手を数える。わたしの方が、たぶん多い…。先生が正確に人数を数えて言ったとき、心臓が大きく跳ねた。

ピアノの伴奏者に選ばれたのは、わたしだった。

嬉しいより、戸惑った。彼女の顔を全く見れない。泣き出したらどうしよう、怒っていても謝るのは失礼だし…。でも勝負は勝負だ、と自分に言い聞かせるしかなく、嬉しいけれど複雑な気持ちだったのを覚えている。


そこからは怒涛の日々だった。

ピアノの完成度を上げながら、指揮者と連携を取る。メインを張るソプラノ、難しいアルト、ダレてしまいがちな男子パートをまとめるのにも骨が折れた。

クラスの中で何度も喧嘩が起こってヒヤヒヤしたけど、音楽の先生は「喧嘩するほど熱くなってこそ我が校の合唱コンクールだ」なんてニヤニヤしていた。


一方、ピアノの伴奏で戦った彼女は、ソプラノで力を発揮していた。歌がとても上手な彼女は、高音がすごくきれいで迫力がある。普段から音楽の授業でも目立っていた。今回の合唱でも彼女の透明な声が全体を引っ張っていたので、わたしはすっかり安心しきっていた。

「ピアノのことでちょっと気まずくなったけど、彼女もソプラノを頑張っていて友達も続けられてる。よかった…わたしも責任もって頑張らなくちゃな」

鍵盤を叩くわたしの様子を、彼女はどんな思いで見ているのか、考えないようにしていた。


ついにやってきた本番の前、ひとりピアノへ向かいながら、震える手を抑える。
わたしにとって、ピアノを人前で弾くこと自体は、そんなに特別なことではなかった。でも、今回の主役はクラスメイト達の歌声だ。ピアノで彼らを引き立て、実力を引き出さなければならない。冷たい象牙の鍵盤に触れることを想像して体がこわばった。

そんな緊張に飲まれているうちに、あっという間に演奏は終わってしまった。

なんとわたしたちのクラスは、入選すらしなかったのだ。

全て終わった後の教室で誰かが大声で言う。
「審査員の先生達はわかってない!わたしたちのは絶対に良かった!」

そうだ!とみんなで笑った。悔しい気持ちを吹き飛ばすように、そばにいる人と次々抱き合い、お互いをねぎらった。彼女ともやっと笑顔を交わすことができて、小さな体を抱きしめた。やっと文化祭は終わった。



そんな日々も懐かしくなった頃、卒業式で彼女から手紙をもらった。直接手紙を書いてくれたのはそれが初めてだった気がする。

「実は、あなたがピアノの伴奏を立候補したとき、悲しかった。わたしもやりたかったからどうしてって思ったし、絶対負けたくなかったから、負けて悔しかった。」

そこまで読み、彼女の気持ちを想像して苦しくなった。読まなければよかったと思ってドキドキした。

「でも、本番でのピアノ、すっごく上手かったよ。あなたに弾いてもらって良かった。ありがとう。」

小さく飾り折りされたその手紙の中で、彼女が正直に伝えてくれた気持ちに胸がいっぱいになり、何も言葉が出なかった。小さな手紙を何度も何度も読み返した。彼女のまっすぐで整った字は、あの透明な声にそっくりだなぁなんて思った。


合唱の本番は、録音されてCDとして全員に配られた。
それを聴くと、伴奏者として名前が呼ばれ、しばらくしてわたしのピアノの音が鳴り始める。最初の鍵盤をぐっと指で押すまでの緊張感だけを、今でもやたらと覚えている。

音楽は、始まってしまったら止められない。そしてすぐに終わってしまう。いつまでもみんなであの曲を一緒に奏でていたかった。そして彼女の透明な声に、負けないぞと鍵盤を叩いていた日々が、懐かしくも鮮明に思い出されるのだ。

今回はnoteハッシュタグ企画11月の「文化祭の思い出」に寄せて大切にしている思い出を書きました!読んでくださってありがとうございます(^ω^)
👉note編集部のみなさんに選んでいただきました!ありがとうございました〜!

こういったエッセイをメディアでも書きたいと思っています。興味を持ってくださった方は、SNSや masco@hapticweb.org へお気軽にご連絡いただけたら嬉しいです!

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