GDPと物価との関係を知ることが、GDP使いこなしの第一歩(GDPとは何か、その8)
【「GDPとは何か」】前回までの記事
・「お金を使うと景気は良くなる」は本当か
・国の借金は景気を良くすることにつながるのか
・「借金システム」がちゃんとしてないと、経済は回らない
・投資なら国の力でどんどん伸ばせるのか?
・GDPで景気の良し悪しがわかるのは、なぜ?
・GDPだけで経済のすべてが分かるとは思うなよ?
・そういえば、いつからGDPって言わなくなった?
みかけのGDPと、ほんとうに近いGDP
たとえば給料が10%増えたとします。うれしいことですよね。
でも、身の回りの物価も10%高くなっていたら、給料の10%上昇分は、実質的にはゼロも同然ですよね。
こうしたことを加味した考えが、「名目GDP」「実質GDP」の考えです。
名目GDPは、そのときの付加価値、あるいは消費や投資といった支出の金額などを、そのまま計算したものです。そういった意味で、このGDPは「みかけのGDP」です。物価の影響を加味していないからです。
物価の影響を加味したものが、「ほんとうの姿に近いGDP」という意味で、実質GDPといいます。
そのため、実質GDPを計算するためには、「物価の算出」が必要になってくるわけです。
GDPの計算においては、物価指数のことを「デフレーター」と呼んでいます。このデフレーターは、さまざまな物価指数を用いて作成されています。
このデフレーターの動向が報道されることは、ほとんどありません。正直、あまりに総合的すぎて、身近な統計としては使い勝手が悪いからです。
統計として使い勝手がよく、報道される頻度の高い物価指数としては、総務省が発表する「消費者物価指数(CPI)」、日本銀行が発表する「国内企業物価指数(PPI)」などがあります。このあたりのことは、また物価を扱うときにしっかりお話していきたいと思います。
ちょっと難しくなりますが、名目GDPと実質GDPの関係をざっくりした式にすると、
名目GDP÷デフレーター=実質GDP
となります。そのため(さらに、ちょっと細かくなりますが……)デフレーターがプラスの値(つまり物価上昇)なら、名目GDPのほうが実質GDPを上回ります。逆に、デフレーターがマイナスの値(つまり物価下落)なら、実質GDPのほうが名目GDPを上回ることになります。
(※実際には、デフレーター0=100とすることが普通です。デフレーター=102なら2%の物価上昇、98なら2%の物価下落ということになります。その場合、[名目GDP÷デフレーター×100=実質GDP]となります。)
下に、近年の名目GDP・実質GDP・デフレーターの推移をグラフにしてみました。必ずしも名目GDP>実質GDPとなるわけではないのですね。
実質GDPの大きさは「いつ」を基準にするかで変わる
実質GDP統計を見るときは、「いつが基準年なのか」に注意することが必要です。つまり、いつの物価を基準として、デフレーターが算出されているのか、ということに注意する必要があります。
たとえば、
僕が学生のころは、スマートフォンなど影も形もなく、携帯電話さえ持っている人はまれでした。しかし、2022年のいま、スマホの本体価格や通話料金などは、極めて身近な価格です。
そのため、「2022年の物価」には、こうしたスマホ周りの価格が反映されないと、経済を正しく反映したものにならないはずです。しかし、1990年代初頭の物価に、携帯電話の料金を反映したところで、使っている人がまれなのですから、あまり意味がありません。
反対に、カセットテープの価格は、1990年代初頭においては、生活に関わる重要な指標として物価に反映させるべきでしょう。しかし、2022年のいま、その必要性は極めて薄そうです。
物価を構成する価格が時代によって異なるわけですから、デフレーターの計算方法も、変えざるをえません。1990年代の物価をもとにデフレーターを算出して2022年の実質GDPを出しても、正確さに欠けます。
また、1990年物価基準の実質GDPと、2022年物価基準のGDPを並べて折れ線グラフで表しても、GDPの正確な移り変わりを表すことができない、ということにもなります。
過去のGDPデータを見るときは、こうしたことに注意しなければなりません。
日本でGDPを発表しているのは内閣府は、1994年以前の実質GDPについては「簡易遡及」のデータ、つまり、現在の物価基準をもとにした簡易的な計算による数値を公表しています。あくまで参考程度のデータですからね、正確さには欠けますよ、ということですね。
また、ここでは深入りはしませんが、GDPの計算方法そのものも、何回か改められています。「簡易遡及」データでは、それも反映されています。それも、あくまで簡易的なものであり、正確さには欠けます。
長期的な経済の姿をみるために、GDPは大事なデータではありますが、この数値に頼りすぎると、かえってその姿が捉えられなくなるおそれがあるということも、知っておきたいところです。
GDPの年率換算とは
また、いまはGDP成長率(増加率)が四半期、つまり3ヶ月ごとに発表されます。たとえば2022年の4〜6月に生まれたGDPが、その前の1〜3月に比べてどのくらい増えたか、ということが、1年に4回、つまり四半期ごとに発表されているのです。
その際、「年率換算〇〇%」と発表されたりしています。
たとえば「四半期GDP成長率1.0%、年率換算4.1%」のように発表されます。ん? 1.0を4倍したら4.0なはず、0.1は何なんだ? と思われるかもしれません。
年率換算というのは、「この四半期GDP成長率のまま、残りの9ヶ月推移したらどうなるか」という計算をしたものです。
ちょっとややこしいのですが、1〜3月期の四半期GDP成長率が1.0%、その前の四半期GDP総額が100兆円と仮定すると、このままの成長が続くとしたなら、
前年の10〜12月期 GDP総額100兆円
1〜3月期 1.0%成長 GDP総額101兆円(100×1.01)
4〜6月期 1.0%成長 GDP総額102.01兆円(101×1.01)
7〜9月期 1.0%成長 GDP総額103.03兆円(102.01×1.01)
10〜12月期 1.0%成長 GDP総額104.06兆円(103.03×1.01)
となり、年率換算のGDPは4.06%、四捨五入して4.1%ということになります。
コロナ禍の初期には、マイナス30%あまりのGDP成長率という報道があり、ずいぶん驚いた人も多いと思いますが、それは「4月のステイホームの状態が1年間続いたなら」というような仮定の話でした。
もちろん、短期間の経済の状況を示すという点で、四半期GDPの数値は重要なものなのですが、それであれば、年率換算していない生の四半期ごとの数値も、日頃から知っておいて、比較ができるようにしておきたいところです。
などなど、お話をしていきましたが、GDPという数値だけで経済をみることは、本当は、やや乱暴なことなのですね。
経済全体の状況をぐぐっとつかむことのできる重要な数値であることはもちろんなのですが、GDPだけに頼らず、他の統計や、ニュースなどから知れる数字にならない情報、さらには、生活する上で感じる感覚、そういったものも駆使して、経済状況を理解しようとする姿勢がなにより大事だといえます。
そうすることで、逆に、GDPの意味をしっかり理解し、GDPがわれわれにもたらす情報をただしくつかみ、使いこなすことができるのではないかと思います。
以上、ここまで、7回の記事にわたってGDPのお話をしていきました。なるべく教科書用語のようなものを使わないようにお話していきましたが、いかがでしたでしょうか。
(回答はTwitter @masayuki_tsuji でも見れます)