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Edward Hopper “Nighthawks” を観て - つながらない問い、答えのない時間と空間

先日、同僚の岩渕さんが、アートから学ぶ経営について書いていました。その影響を受けてか、アートについて語りたくなり、本記事は、Edward Hopper の作品 “Nighthawks” について述べた文章です。この三連休で心のままに書き記したものです。


Nighthawks - つながらない問い、答えのない時間と空間


“Nighthawks”  20世紀で最も象徴的な油絵作品の一つでもあります。

大都会の夜。深夜に営業をしている、とあるダイナー。その店内は静けさに包まれています。背中を向けて座っている男は右手でグラスを持ち、飲み物を飲んでいます。その左側には新聞があります。見出しはなんと書かれているのでしょうか。カウンターのカップルは会話を楽しむわけでもなく、ただ前を向いています。手が触れ合っているように見えますが、そうではないようです。女性のコーヒーカップからはかすかに蒸気があがりますが、男性のカップは冷たくそこにあります。白い服を着たウェイターはカウンターの後ろで何かを片付けているようでありつつも、考え事をしているようでもあります。四人いるそれぞれが自分の世界にいることを感じさせます。沈黙と共に時は流れていきます。

ダイナーの外に目を向けてみます。店の上の看板には5セントの葉巻、Phillies 5c cigar の広告があります。美しい対角線を感じるダイナーの角。その向かいの建物の1階には、レジがあります。2階には、誰かが引き下ろしたブラインドを見ることができます。ブラインドの下ろされ方は一様ではありません。これらは日中の生活や騒がしさを示唆しています。都会の昼間の喧騒。その一方で、夜にはひっそりとした時間が存在している。そんな寂しさがここには描かれています。

Edward Hopper がこの作品を描いたのは1942年、彼が59歳の時でした。この絵の雰囲気は、彼が住んでいたニューヨークのマンハッタン、グリニッチアベニュー70番地、11番街の南東角に似ていると言われますが、描かれているダイナーは実在はしていません。絵はシカゴ美術館で展示され、多くの人々がこの絵は大都会の中にある孤独や分離を表していると解釈しました。Hopper 自身は、この絵において社会的な孤立や疎外を意図的に描いていはない、と否定しましたが、意識せずにそうしたかもしれない(Unconciously, probably)とも認めています。そして、Hopperは、あるインタビューで、この絵の真実は見る人が絵をどう見るかによる、とも述べています。

1942年のアメリカは、第二次世界大戦の真っ只中でした。妻のJosephineの日記によれば、”Nighthawks” は1942年1月21日に完成しました。これはパールハーバー攻撃の数週間後のことです。多くの人々が戦争に赴き、国外にも逃亡し、都市は空っぽでした。アメリカ軍も多大な損害を被っており、この時点では戦争が一体この先どうなってしまうのか、誰にもわかりませんでした。日本でもそうであったように、当時のアメリカの都市では空襲に備え、”blackout” (灯火管制)が行われることもありました。夜の通りに人影を見ることはなく、恐怖と不安の時代でもありました。Hopper の筆はその時のアメリカの内にあるものを描いたのかもしれません。

ダイナーの簡素な内装と周囲の建物の空虚さは、その無意識の働きを伝えているようでもあります。当時発明されたばかりの蛍光灯の光と大きな窓。やや非現実な明るさと大きさは見ているものを内に引き寄せるのに、このダイナーには入口がありません。時間を示す時計もありません。これらは気づかない程度に何かしらの断絶と抑圧的な雰囲気をしのばせています。

入口がないがゆえに、私たちは中に入ることができません。店の中に入ろうとするとまるで外側に押し戻されるような、そんな奇妙さもあります。店の中と外は分け隔てられていますが、内側の温かい人工の光は歩道をも照らしています。店内の壁は黄色く、キッチンに通じるであろうドアはオレンジ色。ウェイターは白い服とキャップを身につけ、女性は赤い服を着て緋色の髪をしている。そこには不思議な明るさがあります。外は静まり返っていつつ、内からの明かりをただ受け入れています。明かりは影と光の領域が重なり合い、複雑な縞模様となる放射を作り出しています。隔てられている内の明るさと外の光と影の重なり。その対照。それはダイナーの中にいる人たちの孤独と、外に立ち、店を眺め、覗き見る私たちの孤独を同時に存在させています。

私には、この絵のダイナーの静寂さがまるで私たちに問いかけているようにも思います。その静寂さによって店の外の歩道に響く誰かの足音や、遠くの車のクラクションが聞こえてくるようでもあり、またその連想がダイナーの無形の空気を深く感じさせてくれて、四人の背後にある物語と、それぞれの間にある欠乏、心の中で起きている何かを想像させてくれます。カップルは一緒に来たのか。ここで会ったのか。なぜ男性は一人で座っているのか。いつ彼らはこのダイナーに入ったのか。彼らは何を話しているのか。つながらない問いだけがあり、答えはありません。そして、このような答えのない時間と空間が、日々に忙殺される自分の中にもあるのだと不意に気づかされるのです。


Nighthawks (1942). Oil on canvas, 84.1 x 152.4 cm (33.1 x 60.0 in). Art Institute of Chicago



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