社会派とヒーリングの合わせ技　多様化が進む韓国ドラマ　『となりのMr.パーフェクト』

　旧態依然な性役割を塗りかえたという声もある『愛の不時着』が放送されたのは2019年のこと。それから5年ほど経った現在に至るまで、韓国ドラマは着実に多様性を深めてきた。『愛の不時着』が示した性役割の更新をさらに押しすすめた『梨泰院クラス』（2020）、女性というだけで受ける痛みを描いた『保健教師 アン・ウニョン』（2020）、階級の残酷さが随所で顔を覗かせる『シスターズ』（2022）、エイジズムや男性優位社会への批判的眼差しが印象的な『医師チャ・ジョンスク』（2023）。高い娯楽性と社会批評的視座が共立したこれらの作品は、韓国ドラマの様式を拡張したという意味で重要な作品だ。
　そういった作品群と共振するドラマのひとつに、『となりのMr.パーフェクト』も数えられる。建築家のスンヒョ（チョン・ヘイン）と、アメリカの大企業で働いていたソンニュ（チョン・ソミン）を中心とした物語が描かれる本作は、ロマンティック・コメディーだ。互いの黒歴史を知る幼馴染みである2人が徐々に仲を深め、最終的には結ばれるという内容は、他のドラマでもよく見る展開と言える。

　しかし、細かいところに目をやると、本作は先述したドラマ群と共振する要素が散りばめられていることがわかる。この側面が特に顕著なのは、スンヒョの母・ヘスク（チャン・ヨンナム）とソンニュの母・ミスク（パク・チヨン）が屋上で仲直りするシーンを描いた第15話。このシーンは、立場の違いを乗り越えたシスターフッドと言えるものだ。前者は教授の夫・ギョンジョン（イ・スンジュン）を持つ外交官で、後者は小さな飲食店を営む夫・グンシク（チョ・ハンチョル）を支える主婦。子供の話で花を咲かせる親友でありながら、ヘスクとミスクの背景はだいぶ異なる。だからこそ、仲直りのシーンでミスクは、〈正直言って、劣等感があった〉とヘスクに告げるのだ。あなたは英語もフランス語も話せて、海外で華々しく活躍しているのに、私はスンヒョの世話をしてお金を貰っていたと。そのことにミスクは複雑な想いを抱えていた。
　ミスクの想いを受けとめたヘスクは、〈対価を得て当然のすばらしい仕事〉〈人を育てるのはすごいことだし、簡単なことじゃない〉と答える。このやりとりには、家庭内の家事・育児・介護といったケア労働が無償労働として過小評価されがちな現代への批判的眼差しを見いだせる。ヘスクのように、外で華々しく活躍する女性のほうが優れているのではない。そうした女性とケア労働を担う女性の間に優劣はなく、むしろケア労働を担う人には正当な対価が支払われべきだ。ケア労働に勤しむ女性も素晴らしいと示すだけにとどまらず、勤しむ女性がぞんざいに扱われることへの疑問も滲ませる。ここまで踏みこんだのは高く評価されていい。

　そうした社会問題を上手く物語に織りこんでいるのも、本作の魅力だ。物語を進めるためだけの彩りに終わらせず、問題をどう認識しているか描かれる。そんな姿勢を隠さないからこそ、ダンボールを集めるおばあさんを通し、再開発によって住まいを失う人々の憤りや拝金主義への違和感（第15話）が描かれても、唐突に感じない。このような芸当を可能にしたのは、現代社会に向けた処方箋となり得る価値観や視点を描くという軸が本作にあるからだ。

　優しさや寄り添いに満ちた本作は、いわゆるヒーリング系に括られるドラマだ。韓国では、社会問題への意識が高い韓国文学に対する反動として、癒しをくれる日本の小説が売れているという。こうした傾向はさまざまところでうかがえる。ヨン・ソミンの小説『工房の季節』の大ヒットや、ドラマでも百想芸術大賞2024の最優秀作品賞に『今日もあなたに太陽を ～精神科ナースのダイアリー～』（2023）がノミネートされるなど、ヒーリングの波はあちこちに押しよせている。
　とはいえ、社会問題への意識が完全に排除されたのかといえば、それは違うだろう。社会派の側面を持つヒーリング系作品があれば、ヒーリング系の要素が濃い社会派作品もある。筆者からすると、現在の韓国ドラマは（もっと言えば映画や文学も）、社会派 VS ヒーリング系という極端な二項対立ではなく、互いの良いところを撹拌したハイブリッドな作品が増えつつあるように感じる。そういったさらなる多様化の結果として、『となりのMr.パーフェクト』のような良作が生まれたのだと思う。