尖りきらないと色がでない。
先週よりは、卒論が少し進んだ。12月もすでに1週が終わり、1週間があっという間に終わる。
毎週楽しみにしている、大河ドラマ「せごどん」も残すところ2話。前から歴史は好きだったけれど、明治維新前後は改めて面白いなと思った。勉強をし直したいくらい。あの時代に生きた人々は自分が大切にする価値観や義に対して、気持ちが溢れ出すくらい熱く生きていたからキラキラしてみえる。生活が豊かな現代だけれど、人としてのあり方や生き方に対する考え方、気持ちは後退しているように思う。
なっつくん、もっと尖っていいんじゃない?
と久しぶりにこのお言葉をいただく。
言っていただいたときはビクッとなってしまい、尖りきっていた2年前くらいの自分を思い出す。周りからみたらできっこないことも平気で言葉にしたり、かなりガツガツしていたし、ギラギラしていた。
尖るのをやめ、意識して丸くなったわけじゃないけど、今の自分は丸くなっているように見えるんだろうな〜。
尖らなくなった理由やきっかけは、怖いほど自分の中でも整理できている。まとめるならば、いわゆる行動力と呼ばれるものだけでは限界を感じたことだと思う。
この2年間、落ち着いて生活している意識でいたけど、変わらず大学内外で自分のやりたいことにチャレンジしてきた。ただ、そのチャレンジ一つ一つに尖りはなかったのかもしれなく、なっつ色が滲みでてはいなかったのではないかと思う。
時と場に応じてだけれど、言葉を選んで使うことが多く、誰も傷つけない中性的なスタンスをとっていた。自分では考えて動いていたことだけど、面白くはない。
お言葉をいただいた方は30代後半の方でしたが、落ち着くにはまだまだとおっしゃっていた。僕なんかが落ち着くなんて考えている場合じゃない。
もう少し前にのりだしていこうと思う。