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僕の大好きな3人の生命学者

2015年から糖尿病についての本を読みはじめて、やがて生命科学へと興味が移っていった。3人の女性の科学者を僕はいつも思う。

アカデミズムというのは利権の取り合いの世界である。そして多分にもれず差別の強烈な世界である。そんな世界で、大変な苦労をして、世界を変えた3人の方だ。

パワハラ・セクハラは日常的で、大学の研究塔屋は欲望のダンジョン。階級は明確に有るが、そこ浮遊するルールは「てっぺんの覚えが良いかどうか」である。そして行政の補助金という蜜が多くの蟲たちを集めるのだ。

僕は商売人を信用しない。中には素晴らしい研究者もいるが、金を手にすれば人は変わる。僕も変わりたいものだ、ん。

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1)レイチェル・カーソンさん

「沈黙の春」と言う本で有名だ。見当たらなかったが、何度も読んだ記憶がある。センス・オブ・ワンダーという本をお書きになっている。娘が生まれた時に、この本を買った。いつの間にか僕の宝物となった。

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2)バーバラ・マクリントックさん

1960年のDNAドグマの時代以前に遺伝(DNAの存在)というものを見抜いていたのだ。その上、DNAを自分自身で操作できるという事を考えついている。それも、とうもろこしの観察と思考でたどり着いたのである。これは恐ろしいことである。自分の直感を信じて自然を見つめた彼女の姿は素晴らしい。見ならいたいものである。

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3)リン ・マーグリスさん

僕大好き。ミトコンドリアの起源を提唱したことで知られる。生命がいかに密接につながっているかを気が付かせてくれる。

「僕のマイクロバイオーム論」はここから始まっている。生命は、不思議なダンスを踊る。ウイルスはマイクロバイオームの間を歩き多くの言葉を伝える旅人。時にコロニーを破壊し、種を絶滅させるやにしれないが、それも定めなのだ。

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今や、アカデミズムは金のなる木に結びつく研究しかされない。再生治療という大掛かりな詐欺を働いている連中の化けの皮も剥げ始めている。

占星術の時代から専門家は、「神の言葉」を支配者に伝えて禄を食んでいた。今や、学者たちは我先に産学共同研究という大嘘をついて人々を殺している。

これから、サプリメントやトクホ、医療、栄養学は大きく批判されるだろう。人々を幸せにしていない(注)。

そもそも、生命をどう理解するかと言うところが貧弱すぎるのだ。

昨今の医学部では「発生学」が必須科目でなくなったきているという。僕は一番好きなのだが、発生学の教科書はひどいものが多い。余りに擬人化しているし、子宮から出た所で完成品のように取り扱っている。

細胞は適応を続け常に変わり続けている。そして細胞の変化はそのコロニーに大きな変化を与える。進化は細胞レベルで起こっているのである。ドーキンスさんは生物をミーム(DNA)の乗り物と称した。しかし今ではもっと先が見える。身体というコロニーはマイクロバイオームのすみかなのだ。

サンゴ礁が2つとして同じ姿を見せないのは環境がみな違うという事を反映しているだけなのだ。

そして、そのコロニーはたどってきた道筋を記憶している。老人と、赤子を同じ「人」と見ることのほうがおかしい。再生治療がだめな理由もここにある。ときとともに変わっていく環境に対応し続けてきた細胞と「分化のスタート地点の細胞」は全く異なっている(と僕は考える)。

殆どの細胞は短い時間で作り直される。しかし、幾つかの細胞は一度破壊されたら再生しない。この事の意味を分からないのだろうか?バカなのか?

メタモルフォーゼする生命のコロニーをどう捉えるのか?人のエイジングというのはメタモルフォーゼとして捉えるべきではないか?

そう考えたほうが、多くの人を苦しみから開放できる。生命は死なねばならないのだ。そして、新たに生まれ世界に向き合っていくのだ。

細胞から生命を捉えてみれば全く違ったものが見える。

もっと勉強しよう。自分の人生を豊かにするために僕は学ぶ。

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女性であるということ

性別を2つに分けるというのは余りに大雑把すぎる。
カートおじさんは7種類あると言っている。
しかし、そもそも一人一人がこれだけ違うのだから小さな突起と窪みの有無だけで種類(性別)を分けることが間違えている。
年齢でも違うし、神話においては「種」と言う枠組みからも離れる。そもそもレオポンやラバは種を超えている。挿し木という「セックス(遺伝子のシェイク)」も有る。植物は昆虫の助けがなければセックスが成り立たない。蝶は植物の一器官ではないのか?リンネさんは生命の可能性を無視することで秩序を持ち込み、近代の生命学・医学をうみ私達を苦しめているのだ。
 
生命にとってセックスというものが大きな意味を持っている。それは確実である。人の社会においては、金で買うこともあれば、厳しい規範が存在する。近親相姦が厳しく禁じられるということは、社会の中で多く見られるのである。美味しいものほど厳しく罰せなければ手が出るのである。おまけに、子供は価値の支配者を操る達人である。そして多くのドラマを生む。妻は0親等であるが、セックスをしてくれない。ん、違うか。
セックスというのは「人間関係パワーゲーム」の「通貨」であり「目的となる価値」であるる。
食事とセックスは同じものと扱うことができる。しかし、議論がしにくい。
かぐや姫の昔から私たちの社会はこうなっているのだ。
 
生命におけるセックスの意味をもう少し考えたいのだが、うまい言葉に落とし込めない。
なにせ、人はセックスを隠す生き物なのだ。
たぶん、男と女というような狭い枠組みでは捉えられない。ウイルスと生命というコロニーを構成するマイクロバイオームの関係から始まっている。

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