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マンホールからベンガルトラまで その3
ダリ
ダリは道行く人みんなに挨拶をした。知らない人にも、全員である。
大抵はシカトされるんだけど、挨拶を返してくれたり知り合いだったりするとリクシャが止まって話しが始まる。
そんなに長い話しじゃなくて挨拶の延長みたいなものだけど、みんなに話しかけてるから回数が半端ない。
こんなんでリクシャ業が成り立つのか?目的地に辿り着くのか?
人に話しかけてないのに急にリクシャが止まった。
ん?着いたのかな?
リクシャから降ろされる。
あれ?知らない場所ですけど。
暗い建物の中に案内される。
ダリは笑っていない。
先に行けと促される。
え、何?このパターン。昔、インドで詐欺に遭った時の記憶が蘇る。
灯りのない室内には、体が大きくいかつい青年と口ヒゲを蓄えたマフィアのようなおじさんがいる。
や、やばい?
と思ったら入ってきたダリは席に着いてニッコリ。抜けた歯がチャーミングだ。
「ティー!」と言って飲む動作をする。
どうやらここは行きつけのお茶屋さんで、休憩にお茶を飲もうよ。と言うことだったらしい。
もう!ダリ!
適当すぎるよ、ダリ‼︎
なんなの、この薄暗くて無駄に怪しい雰囲気のあるカフェは!
こっちは不安な迷子なんだから!インドの詐欺事件でトラウマ持ってるんだからさ‼︎
しかし、ダリの行きつけカフェだけあって、そこのミルクティーは格別に美味かった。雰囲気も含めてね。
灯りがないので外からの光りでシルエットになった店主が注ぐティーは湯気を立たせながら香り豊かに差し出された。きっと外よりも香りが逃げないんだろう。
一口飲んで美味そうな表情を浮かべている私を満足げに見るとダリはビスケットをくれた。
こうやるんだよ、とそのビスケットをティーに浸してかぶりつくダリ。そしてニヤリ。
お前もやってみろと急かす。
それじゃあ、いただきますっと。
真似して浸して食べると何てことでしょう。めちゃくちゃ合うじゃあーりませんか。
「ナーイス!」
思わずダリに親指を立てる。
ビスケットだけで食べてみると素朴な味なんだけど、甘いミルクティーに浸すことで極上のエンターテイメントが口の中で繰り広げられるのだった。
ダリはその後二十分ほど店主とダベり、再出発。なんとお茶代はダリの奢りだった。
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相変わらず知らない人にも、元気でやってるかーっと声をかけながらダリはリクシャを漕ぐ。
しばらくはその調子で進んでいたが、キーっと急に止まった。
どうやら知り合いにあったらしくて降ろされた。
今度はなんだ?ダリよ。
もう私は驚かないぞ。
ヒンドゥー教の路上祭壇の前にいるおじさん。祭司というのか、お坊さんというのだろうか。
おかしな形の帽子に長い白ヒゲをたくわえ顔にこれでもかというほど子供に落書きされたみたいに派手な化粧をした、最高に変な人とダリが話している。
ダリはその人にお金を渡すとオデコにオレンジの粉をつけてもらった。
そしてお前もやってもらえという。
えー、私熱心じゃないけど仏教徒なんですけど、いいのかなぁ。
躊躇する私。
でも最終的にはその場の空気に流されて、私の額にはオレンジの粉がチョンとつきましたとさ。
だってお坊さんの目が座ってて粉の準備ができた指がじっと待ってるんだもん。
てかなんなのこのイベント?改宗の儀式とかじゃないよね?大丈夫?
てかなんなのこのダリ。
自分のペースを押し付ける感が半端ないけど、そんなに嫌じゃない。
なんなんだろうなー、これが普通なのかなー?ネパール?
とリクシャの座席で考えてる間にホテルの前に着いていた。
ダリには感謝と共に多めの料金を手渡した。彼はまた会おうなーと手をあげて去って行った。
随分長く彷徨ったと思っていたが、まだ午前十時を少し回ったところだった。
振り返ってみると海外旅行中としては最高の迷子体験をしたのではないだろうか。
ありがとうダリ、君の歯が抜けたチャーミングな笑顔は忘れられる気がしないよ。
彼の後ろ姿を見送っていたが、また知らない人に話しかけて長話しが始まったようなので私はその場をあとにした。
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