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マンホールからベンガルトラまで その14

死に近い村


背の高い草の道を抜けるとまた森に入った。

小さな川を渡る途中で人間が乗っている象達の集団に出会った。
この辺りの村に住む人と象だろうか。
もう随分宿泊地の村は近いらしい。

しかし、この象達は観光用ではないみたいだけど、どういうお仕事をしたりするんだろう。
この象達は一頭づつ長い木を鼻で持って運んでいる。
重機みたいな存在なのかな。
象の鼻は筋肉で出来ていると言うし、土木現場では大活躍だろう。
こういう田舎の村では象は生活の一部なんだな。

この豊かな森の近くなら一日に100〜150キロ食べると言う象達が沢山いても食べ物には事欠かないはずだ。

象達は小さな川を一頭づつ順番に渡ると、列になって森の奥へと去っていった。

木を鼻で運ぶ象たち

 
森が終わると広い川が待ち受けていた。

広いが浅い。小川が横に広がったような、深い所でも水深十五センチくらいの川だ。
その川を突っ切って歩いて行く。

私達が向かう方の山に太陽が落ちそうで、太陽の光を水が反射してキラキラしていた。
その中を木の棒を手にガイドが歩いていく。

二人のシルエットが川の光の中で幻想的だ。

なんだか少年の夢の続きみたいな旅だな。

子供の頃に夢見てた冒険ってこんな感じだったかもしれない。
川の中を歩くガイドの後ろ姿を写真に撮りながらふと思った。

それからしばらくその光景を見ていた。

オレンジに滲んだ光の中でラージエンドラが振り返って早く来いと手を振る。

そうだ、もうすぐ日が暮れるんだった。
暗くなる前に村に着かなきゃ街灯のないこの辺りは真っ暗だぞ。

状況を思い出して急いで二人の跡を追いかけた。


その川の向こう側に村はあった。

なんとか暗くなる前に辿り着けたようだ。
さすがラージエンドラ、時間計算バッチリだね。
 
宿のおばさんが出迎えてくれた。
牛がいて、鶏がいて、宿というより酪農家の家にホームステイって感じ。
木造の小屋がいくつかあってその中で寝るらしい。

一人部屋を用意してもらったようで、そこに早速荷物やらカメラを置いてひと段落。
肩の荷が降りたっていうのはこの事だね。
一日中重い荷物を背負っていたので肩がバッキバキだ。
 
お風呂とかシャワーはなくて、鶏小屋の隣りにある蛇口で体を洗うらしい。ワイルドだなー。

ラージエンドラがこうするんだよとまずは自分が洗う。

パンツ一丁になって体を洗った後にパンツの中を背中向けて洗う。
なるほどパンツを履いたまま洗うんだな、と横に並んで私もやってみる。

うわ、冷たい。
置いてある石鹸を借りて洗うと体中のいろんな擦り傷とかヒルに吸われたところが痛んで沁みる。
うおー!

でもやっぱり体を洗うとスッキリ爽快だ。
暑い地域なので慣れてくると冷たい水は気持ちいいくらいだった。

川の向こうには古い農家みたいな宿泊所があった 昔の家との違いはソーラーパネル

 
水浴びを終えて服を着替えるとご飯が用意されていた。
外で食べるらしい。

周りは暗くなってきたが、ライトがあって明るい。

この村には電気が来てないようだったが、屋根に小さなソーラーパネルがついてるらしくて、ある程度の電力は自家発電出来ているみたいだった。

そして携帯電話の電波は通じるみたいでおばさんが電話しているのを見た。電気が通じてないような田舎にも近代化の波は来ているようだ。
 
屋根と柱だけのあずま家みたいなところにテーブルと椅子があって、そこに集まって席に着いた。

並んでいる料理を見てみたが、どれも私の苦手なおじさんの匂いがしてる。うっっ。
チャパティという平べったい薄焼きパンだけは食べれそうだったのでそれを齧る。

「今日はお疲れ様。自家製のお酒を用意してくれてるからそれで乾杯しよう。」

とラージエンドラが言って、お酒をコップに注いでくれた。
自家製のお酒って日本で言うドブロクとか焼酎みたいなやつだよな。
うわ、匂いがキツそう。と酒に弱い私は心の中で冷や汗をかいた。

「乾杯!」とコップを持ち上げるとみんな美味そうに飲んでいる。
仕事の後の一杯はたまらないなと言った風情だ。
私だけがちびりと口に含んだくらいで舌が痺れてひーひー言っている。

ラージエンドラが大丈夫かと心配してくれて、
「ノー‼︎ ヘビー!ストロング‼︎ ウォータープリーズ。」
と答える。

なんだかみんな冷ややかな目で見ている。
いや、私も飲めるものなら飲みたいのよ。

宿屋のおばさんも同席して酒が入るとみんなネパール語になって賑やかに話し始めた。

少ししか飲んでいないのにボーッとしてきた私はなんとなく雰囲気でネパール語が理解出来るような気がして、うんうんと頷いていたが、やっぱり全然分からなかった。

ラージエンドラがそんな私に気づいて、わかりやすい英語でこの村にまつわる興味深い話しをしてくれた。
 
この村は周りを森に囲まれていて、三千人ほどが住んでいる。
危険な野生動物も沢山いるが、その中でも特に危険なのが野生の象らしい。

年間二十人ほどが象に殺されるそうで、恐れられている。
森の中には豊富な食べ物があるが、人間達が育てる農作物は栄養価が高くて野生の象はそれに惹きつけられるらしい。

夜間に農地に侵入した象を追い払おうとして殺されたり、夜間歩いて帰る途中で象に遭遇して襲われることもよくあるのだという。

ヤル気になった象には例え家の中にいても安心できないよな。
エレファントライドの時の興奮した象を思い出す。

その話しを聞いて、ある計算をしてみた。

この村で生まれてから成人まで生活する間に象に殺されてしまう確率の計算。

1年間で20人。

20年間で400人が殺されるとしたら三千人が住む村で成人までに象に殺される確率は・・・

なんと十五%。

つまり生まれてから20歳になるまでの間に十五%の確率で象に踏み潰されて死んでしまう現実がこの村にはある。

象だけでこの数字ならそれ以外の動物の被害や事故も加えるとどれくらいになるんだろう。

知るのが怖い。

そのうち村人みんないなくなりそうだけど、その分子供を産んでいるのかな?

もちろん単純計算なのでそのままの確率ではないだろうが。
私が村人だとして、そんな事を知ったならすぐに村から逃げ出してしまうだろう。
 
逆に人間とはどんな厳しい条件のところでも生きていくのだなとも感じた。象やサイに農作物を食べられ続け、殺され続けても、それでもこの村で生きていく人達。

それを当たり前と受け入れていく人達。
人間とはすごいものだなと思った。
その許容力の大きさにはびっくりしてしまう。
 
原始の時代、人間達は動物に脅かされながらも逞しく生きていた。
そしてこの現代にもそれに近い生活をしている人達がいることに驚きと感動を覚えた。

自分が生活する守られた日本社会とこの村で生きる人達の危うい環境とのあまりのギャップに愕然としてしまう。
普段の生活の中で生き死にの危険が身近に潜んでいる。

死に近い村。

ラージエンドラが話してくれたその衝撃的な事実は私の中に深く残った。

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