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マンホールからベンガルトラまで その15

最高のバス


コケコッコー!

鶏の鳴き声に目を覚ました。
もう少し寝たい。
しかし何度も鳴くその自然の目覚まし時計は止めることが出来ない。
特に私の小屋は鶏小屋から一番近かった。
まだ眠かったのでなんとかもう一度寝ようとして目を閉じたが、鶏は許してくれなかった。
コケコッコー!
むう、起きるしかない。

ベッドから降りようとして頭から蚊帳に引っかかって難儀する。
罠にかかった鳥のようにジタバタともがく。

でもこの蚊帳があったので蚊に刺される事もなく、睡眠は快適だった。
蚊帳っていうのは人間にとって最高の発明かもしれないな。
ここまでの旅の途中でも蚊に安眠を妨げられ続けていた私にはなんとも素晴らしいものに思えた。
プーンと耳の近くを飛ぶ音で起きちゃうんだよな。あれが嫌で嫌で。
 
外に出るともうみんな起きて朝食の準備をしていた。
早いな。
ひょっとしてみんな鶏より早く起きたのか?

いや、プサンは私より後から小屋を出てきていた。よしよし、やっぱりプサンが一番ねぼすけさんだ。
 
朝食は薄焼きパンのチャパティとバナナが出たので助かった。
そこにお約束のネパールミルクティーが付いている。
ああ、ホッとする食事。やっと栄養をとることができた気がする。

本当はこの村にも興味があったので、一日散歩でもしたかったが、まだツアーの途中だ。

今日はこの村周辺の森を探索して動物を探すらしい。
昨日とは違うルートで川を越えて森に入る。

その日は朝から曇り。
昨日よりも気温的には過ごしやすそうだ。

しばらく森の中を散策する。
太陽の出てないジャングルは暗めでこれはこれでアンニュイな雰囲気で悪くない。

しっとりとしたジャングル


カサカサという音で見上げると葉っぱが揺れている。

猿だ。
猿の集団が私達の頭上で木の上を移動していた。

カメラを構えるが、そのスピードに全然ついていけない。
すぐに猿たちは遠くの木に移動してしまった。

「よし、猿を追おう。」

私の様子を見ていたラージエンドラが追跡を始める。
猿との鬼ごっこの始まりだ。
 
猿は木の上を飛び回り。
私達は地面を駆けずり回る。
これは分が悪い。

かなり葉っぱが鬱蒼としていてなかなかピントが合わないぞ。

けれども、おそらく猿が本気を出せばすぐに私達など置いてけぼりに出来るのだろうが、興味があるようで振り返ってこちらの様子を伺ったりしている。

好奇心旺盛な個体は近くまで行っても逃げない者もいる。
肌には白っぽい毛が生えていて、顔は小さくその部分だけ毛がなくてお面のように黒い。
しっぽはジャングルを飛び回るのに適していて身長よりも長いくらいだった。
 
こちらの様子を見ている時の動いてない写真は撮れるが、飛び回っている躍動感をうまく撮ることが出来ない。

ここで撮るならそういうシーンがいいんだけど、ピントとタイミングが全然合わん。

チャンスはいっぱいあったのに、結局猿達が興味を失っていなくなるまでに納得のいくショットを撮ることが出来なかった。

悔しい。自分の腕の未熟さが憎い。

もっといい角度で撮りたいのに

意気消沈する私の心を表すかのように、その後はいくら歩いてもなんの動物にも出くわさなかった。
昨日が色々あり過ぎたのだろうか。

特にワニのいる川へ入ったりするような目新しいイベントもなく、私達は静かにジャングルをただ歩き回り、静かに二日目は終了した。
 

帰りは村の近くからバスが出ていた。
バス停で次の便を待つ間にトイレで用を足して帰ってきていると、遠くからラージエンドラが早く来いと叫んでいる。

なんだよ、まだバス来てないじゃんか、そんなに焦らせないでくれよと少しだけ早歩きでバス停まで戻ると、ラージエンドラが急げと言ったのにと憤慨している。

何かあったのかと聞くと、いま目の前にインドサイが突然茂みから出てきていたらしい。
そして私が戻ると同時にまた森の中へ姿を消したという。

ガーン・・・持ってないなー。

全力で走っていれば間に合ったのかも。
バス停の目の前に出てくるとは。
それはそれで面白い絵になっただろうに。
あとは超アップでも撮ることが出来たかもなー。

今更こういう絵が撮れたのにと言っても後の祭り。
しかし、バス停の前に出てきたサイの場面は見てもいないのに私の中で印象深いシーンとして心に残った。

撮れなかったのは素晴らしい写真。
逃した魚は大きいサイ。
残念だー。

そんな事件もありながら、バスが到着。
着いたバスはすでに人で一杯だった。
乗れないじゃん、と思っていると、上だよとラージエンドラが指差す。

何?

バスの上を見上げると、数人が屋根の上に乗っている。

やばい。
新しい文化の違いが出てきたよこれ!
 
バスのサイドにはハシゴがついていてそれを使って上がる。
一応高さ15センチくらいの手すりが周りを囲んでるみたいだけど、無防備過ぎだろ。

そして乗ってる人、適当すぎだろその座り方、ほとんどただバスの上に座ってるだけじゃん。
もっと手すりを活用しろよ。
落ちないの?

いや、ヤギいるし!白と黒のコントラストが可愛いヤギが二匹乗ってるし。持ち上げるの大変だったろ?

ツッコミどころ満載のバスにちょっとテンションを上げながら屋根に登ると、ヤギの横に腰を降ろした。

ワイルド地域巡回バス

上からの景色は象に乗ったときよりも高く見渡すことが出来た。

うわ、今まで乗ったどの遊園地の遊具よりもドキドキする。

あぶな、進行方向見てないと木の枝にぶつかりそうだし。
みんな頭を下げて枝をよける。

おいおい、急ブレーキかけるんじゃないよ。

ガタンゴトン。

ああ、道に穴ボコがあったんだね、ネパールの道の悪さを忘れていた。

でも誰も落ちる人はいないし落ちるヤギもいない。
ヤギなんて「ああ風が気持ちいい」ってくらい涼しい顔をしている。
 
でも本当は私も最高に気持ちが良かった。
あり得ないって思いながら面白すぎて笑いたくなった。
多分、実際笑ってたと思う。
 
日本じゃ考えられないことだけど、この国では当たり前。なんてことが世界にはたくさんあるんだな。
それを再認識出来るバスだった。

私が好きな事はやったことがない事を体験する瞬間だ。
ネパールだったらどこにでもある、誰もが乗っている地域循環バスなんだろうけど。
今まで乗った事のない最高のバスだな。ワクワクしながらそう思った。
 
その後はバスを二回ほど乗り換えながら出発地に戻ってくることが出来た。

十分だ。
そんな気がした。

撮影の方は満足のいく動物写真が撮れたとは思えないけど、この場所で体験できることはお腹いっぱいなほど体験出来た自信があった。

よし

次の土地に行こう。


お世話になったラージエンドラとプサンに感謝の挨拶をして料金と多めのチップと共に五円玉を渡す。

特に私を気にかけ続けてくれたラージエンドラには年下なのに兄のような感情を持っていた。
兄というより保護者か。

彼とは連絡先を交換して再び訪れる約束をした。

「今度は3月くらいに来るといい。虎に会えるベストシーズンだ。」

「うん、また来るよ。」と握手を交わした。
次に来る時にはもっといい写真を撮るぞ。と心に誓った。

そしてさまざまな感情の思い出がいっぱい詰まったチトワン国立公園を後にした。

ありがとうチトワン国立公園!

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