
マンホールからベンガルトラまで その12
残った体温
今までのジャングルウォークと風向きが変わってきたのは小休憩の後だった。
ラージエンドラが先頭に立ち、二人のガイドは姿勢を低くして行動し始めた。歩くスピードがゆっくりになっていく。
注意しろと言うようにラージエンドラは右手を立てながら足音がしないように気をつけて私の耳元にそっと近づいてくると「寝息が聴こえる。」と言った。
動物が寝てる?
耳を潜めてみたが、いまだに私の耳にはわからなかった。
でも二人には聴こえているらしい。
足手まといにならないように気をつけながら出来るだけ静かにラージエンドラの跡を追う。
草むらを避けてゆっくりと回り込みながら寝息のするという方向へ抜き足、差し足。
後ろを歩くプサンを見ると彼の目も鋭くなっている。
目が合うと唇に人差し指を当てて頷いてきた。
また前の方を見ながら足元の枝を踏まないように注意する。
体に葉っぱがぶつからないように歩く。
葉っぱが低くなってる木の密集地へと腰を屈めながらゆっくりと入っていく。
不意にラージエンドラが止まって振り返った。
なんとも言えない顔をしている。
そして耳に手を当てて音を確かめようとする姿勢でしばらく動かなくなった。
静かな緊張の時間が流れる。
ラージエンドラは少し悲しそうな顔になって、それから頭を横に振った。
「寝息が聴こえなくなった。逃げられた。」
動物が寝てたであろう場所まで行くと、地面の草が丸く潰れていた。
「ワイルドピッグ?」(イノシシかい?)と隣りに立って私が尋ねると
「タイガー」とラージエンドラは息を吐きながら残念そうに答えた。
えっ⁉︎ 虎だったの?
目を丸くして今更固まる私。
そうならそうと言ってくれないと、心の準備が出来てなかったんだけど・・・怖っ!ここで虎が寝てたのか。
地面の草が丸く潰れた場所に手を当てるとまだ暖かかった。
確かにここにいた。
虎の残した体温に反応したのか、ドクドクと私の心臓が大きな音を立てる。
私達の気配を察した虎が音も立てずに立ち去る後ろ姿が見えるようだった。
そうか、本当にいたんだ。
今まであまり実感がなかった。
野生の虎なんて想像の世界の動物みたいに思っていたけどその体温を感じることでようやく私の中で実感を持って虎の存在を認めることが出来た。
私と虎は今、同じフィールドにいる。
そう思うと悔しい気持ちが湧いてきた。
後ろ姿だけでも撮りたかったなぁ。
虎が逃げたであろう方向をいつまでも見つめながら私達はしばらく立ち尽くしていた。