「社会的課題の解決」の鍵となるのが「ソーシャル・マーケティング」だ!
昨今「社会的課題の解決」や「持続可能な社会の構築」といったフレーズをよく目にするようになった。それは「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」が注目されているからもあるだろう。
しかし、時代を紐解いてみると「社会的課題の解決」への取り組みが食料システムの変遷に繋がっているのも事実である。
今回は、日本の歴史を振り返りながら「社会的課題の課題」や「SDGs」について私見を述べたい。
既存流通の変化のきっかけは公害問題
日本は明治維新から昭和後期の高度経済成長期において人口が3,000万人から約1億2,000万人に一気に増加したため、日本人の胃袋を満たすために市場やJAといった現在にも続く流通システムが構築された。
しかし、日本経済が高度経済成長期に突入した1960年代以降、日本が工業化したことによって全国各地で様々な社会的課題が発生した。その中でも特に深刻だったのが水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくといった「四大工業病」であった。
公害の多くは有害物質が河川に流れ出してしまい、その有害物質に汚染された水を使用して生産した農林水産物を食した消費者がその影響を受けてしまった。経済成長を優先した結果、多くの公害で苦しむ患者を生み出してしまったのである。
公害問題から始まった「食」への「安全・安心」
「公害問題」をきっかけとして「食」への安全安心を求める声は厳しくなっていった。食品分野においては人工甘味料や添加物を、農林漁業分野においては農薬や化学肥料を「使用しない方が良いのではないか」という議論が出始めたのである。
日本の高温多湿な気候においては農薬を使用せずに農産物を栽培することは決して簡単ではない。また、高度経済成長期の人口増加に対応すべく安定的に農産物を生産するためには、農薬が必要であったことは間違いなく、農薬を否定するつもりはない。
しかし、現実問題として様々な社会的課題が発生している中で消費者の「健康への意識の高まり」から、無農薬栽培や減農薬栽培(特別栽培)の農産物を求める動きが広がったのである。。
消費者のニーズに対応する事業者が成長
このような社会情勢を背景に誕生したのが「㈱大地を守る会」や「らでぃっしゅぼーや㈱」(両社とも現在のオイシックス・ラ・大地㈱)といった生産者グループである。
1975年に発足した㈱大地を守る会は1985年に日本で初めてとなる有機農産物の宅配システムをスタート。らでぃっしゅぼーや㈱は「持続可能(サスティナブルな社会の実現)」を掲げ、有機農業や環境保全型農業の拡大を目指して1988年に創業した。両社とも安全・安心や有機(オーガニック)、持続可能がテーマとなっている。
また、販売側では1879年に日本に登場した「生活協同組合(生協)」が規成長したのもこの時期である。特に1960年代から1970年代にかけて人工甘味料や合成着色料が幅広く普及した一方、カネミ油症事件をはじめとした食中毒等の食品公害問題が多発。消費者の不安を解消するために、生協は発色剤を使わないハムやウインナー、無着色のタラコといった商品を開発した 。
社会課題を解決する「ソーシャル・マーケティング」
高度経済成長よって確かに消費者の生活水準が向上した一方で、公害問題を始めとして様々な社会的課題が発生した。そのような背景において「食」の「安全・安心」への意識が高まり、従来の「JA・市場」といった流通システムから脱却した新しい商流が生まれたのである。
先に述べた「㈱大地を守る会」や「らでぃっしゅぼーや㈱」また「生協」がそこにビジネスチャンスを見出して事業を開始したのかはわからない。
しかし、筆者はこの取り組みこそが、「社会的課題の解決」の鍵となる「ソーシャル・マーケティング」であると考えている。
「ソーシャル・マーケティング」
社会的問題を解決を目的に、理念・行動指針などの考え方を伝えるために、従来のマーケティングの考え方を用いた手法。1960年代の米国の消費者運動をきっかけに、80年代にコトラーが提唱。
「CSR」から「CSV」の時代へ
これまで多くの企業は「CSR(Corporation Social Responsibility)」に取り組んできた。CSRは「企業の社会的責任」と訳されることが多く、得てして企業の利益を「社会貢献活動」に回すことで、会社のイメージを上げようとする取り組みが多かったように感じる。
それはそれで大事なことではなるが、「社会貢献活動」が単なるボランティアになってしまうと、景気や企業の業績の悪化の際の経費削減の対象になりやすくなってしまう。特に上場会社であればその性質上、赤字続きの事業は否応なく撤退せざるをえなくなる。
そこで注目されているのが「CSV(Creating Shared Value)」である。CSVは「共通価値の創造」という訳され、社会的課題を自社のシーズ(技術・ノウハウ)で解決することによって新たなビジネスチャンスを創出することを目指す取り組みである。
現在の「農林漁業」の問題も「社会的課題」
高度経済成長期と今では社会的背景が全く異なっており、本稿で述べた社会課題の解決の事例がそのまま今に時代に当てはまるわけではない。
一方で、当時も今の変わらない共通点は、
『「食」は人が生きるために必要であり、「食」の根幹をなす
「農林漁業」は地域経済にとっては必要不可欠なインフラである』
ということである。
つまり、地方にとって「農林漁業」分野における気候変動や高齢化・担い手不足といった様々な課題は、地方経済だけの問題ではなく将来的には日本の食糧問題にも繋がりかねない「社会的課題」なのである。そのことを念頭におきながら「社会的課題の解決」や「持続可能な社会の構築」、ひいては『SDGs』を実践して欲しい。