体験談1
「オラ、ボコボコにしてやっからよ…来いや」
と、魔裟斗がメールをしたのは、名前も知らない男。
ヤツの事は、名前も住所も仕事も何も知らない。
知っているのはメールアドレスだけ。
しかし、それだけで十分な関係だった。
返信のメールが来ると、
「了解…せいぜい鍛えて待ってろや」
と、メールが返される。魔裟斗が胸が高鳴るのを感じた。
日頃の厳しいトレーニングの成果を試すいい機会だ。
去年よりもパンプアップされたガタイ、太くなってきている腕、ボコボコに割れた腹直筋。
負ける筈ねえ。
魔裟斗は再びメールを返す。
「明日の21時だ…」
そして、翌日。
俺は朝からトレーニング。
まず走り込み、体を追い込む。
ジムへ行き、各部位の筋肉をウォームアップした後は、バーベルを音を立てて持ち上げる。
「はぁ…はぁ…」
(……俺が、必ず勝つ)
最大限にパンプされた筋肉が悲鳴を上げ、プロテインをいつもよりも多く飲むと、すぐに夜になった。
21時。
ヤツが玄関のチャイムを鳴らす直前まで、魔裟斗は腹筋運動を続けていた。
「……よう」
目の前の男のは、鍛え上げた俺の身体よりもさらに一回りデカイ。
おそらく体重は80kgは軽くある。しかし体脂肪は10%も無いだろう。
ヤツの筋肉の鎧が、ハードなトレーニングを物語っている。
ドスッッ!!
部屋の中へ案内すると、すぐに俺は腹を殴られた。
余計な会話はいらない。
二人のボルテージはもうヒートアップしている。
「おうっっ…」
それ程、強く殴られた訳でも無いのに、かなり重く感じる。
それ程、力の差が?
いや、不意打ちを食らったせいだ。
鍛え上げた俺様の腹筋に効く筈がねえ。
「オラッ!」
ズムッ!!
俺はお返しにと、ヤツのボディーへパンチを食らわすが、ヤツは涼しい顔をしている。
(!?)
「どうした?もっと打って来いよ…」
本気のパンチでは無いが、結構強く殴ったのだ。
(効いてない…?)
(いや、そんな筈ねえ!)
ズムッ!
ドスッッ!
ドボォォ!!!
魔裟斗はボディーのパンチを何発も繰り出す。
それはまるで、力の差を感じている己の恐怖を振りほどくかの様に。
「オラッ…オラオラッッ!」
しかし、ヤツの反応に手応えが無い。
相変わらず涼しい顔をして、余裕に両手を後ろに回している。
「はあ…はぁはぁ…」
実際には数分だろう。
魔裟斗は、何時間も殴り続けた様なだるさに襲われる。
パンチを打ち込んでいる拳の方がダメージがあるのか、両腕が鉛の様に重い。
「な…どうして…はぁはぁ」
ヤツは、そろそろだな、とでも言う様に着ていたシャツを脱ぐ。
すると、
(!?)
上半身をあらわにすると、魔裟斗の目に飛び込んできたのは、余りにも見事なガタイだった。
まるでギリシャ彫刻の様で、完璧過ぎるボディーライン。
それでいてボリュームもあり、まさに理想のマッチョな男性の体型である。
「最近、運動不足でよ…」
(!!)
とても運動不足とは程遠い。
ボディービルダーも顔負けの素晴らしい体。
目の前にそんな男がいて、俺は闘っている。魔裟斗は不思議な感覚に襲われた。
嬉しい様な、恐い様な。
「運動不足でよ…」
というヤツに、魔裟斗はもう一度殴りかかろうとすると、
ドボォォォッッ!
「はおお……っっ!?」
ヤツのボディーブローが俺の腹に突き刺さる。
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