球技大会

高校最後の球技大会がやってきた。

クラスに誰も話し相手がおらず、休み時間寝たふりをしている僕にとって、
球技大会の居場所の無さは絶望と言っていい。

朝教室に入ると、黒板に大きく
「3-A絶対優勝!!」という文字が書いてあった。
その周りにクラスメイトのたくさんのコメントが書かれていた。
「最後だし楽しも!」とか、「写真撮ろ!」とか、
おちゃらけたコメントを書く人と、それに矢印でツッコミを入れる人とか、
青春を謳歌するようなコメントばかりで、
眩しくて見てられなくなった。
当然僕は黒板に文字を書ける訳がないので、荷物を置いて早々に教室を後にする。

開会式のためにグラウンドに向かうと、かなりの人がもう集まっていた。
球技大会は1日をかけて行われ、午後16:00ごろの閉会式に向けてたくさんの試合が消化される。
3年生はこれが終われば受験ということもあり、熱の入り方が半端じゃ無い。
クラスで誰とも話せない僕にとっては受験以上に地獄の時間だが、そんなことは関係なく周囲は盛り上がっている。

開会式が終わると、クラスの中で熱い思いが交わされたり、早速練習に勤しみ出す人たちもいた。

僕は自分の出番がやってくる試合の時間を確認し、それ以外の時間をどう乗り切るかだけを考えていた。
体操着を着ているから学校の外に出るのも目立つし、
教室で寝るのも誰かに見られると恥ずかしい。

普段の生活であれば自分の机があればまだ居場所があるのに、
それを奪われて狼狽えてしまう自分が惨めで情けなかった。

イベントにテンションが上がって騒がしくなっている集団を尻目に、人混みの中をすり抜けていく。
誰にも見られないことを祈りながら、ハードカバーの本を入れたカバンを背負い、
人気の少ない5号棟の最上階まで向かう。

ここは一階下にパソコン室があるくらいで、ほとんど人が来ることはない。
昼前に自分が出ないといけない試合があるので、それまではここで暇を潰さないといけない。

これももう3年目だから流石に慣れたが、
また僕のように学校に馴染めず人気のない場所にやってくる後輩とかち合ったりしないのだろうかと心配になる。
そんな人は僕以外にいないのだろうか?
そうだと助かるけど、それはそれで悲しい。

グラウンドでは野球とサッカーが同時に行われていて、
何か良いプレーがあったのか、室内にいても時折大きな歓声が聞こえてくる。

外の騒がしさと、自分しか居ない最上階の階段の静寂とのコントラストが明瞭になると、
孤独がさらに浮き彫りになったようで辛くなってくる。

季節は12月。室内でも階段に直に座っていると
お尻も冷たくなってくる。
なんで俺は1人でこんな所で耐えてるんだろう?という気持ちになりながらも、
本を読み続けて2時間半、やっと自分の出る試合の時間が来たので、
体育館に向かった。

体育館ではバスケとバレーが2コートで行われていた。
2階は立見の人がたくさんいて、皆一様に自分のクラスの人たちを応援していた。

クラスで運動神経のいいイケメンがスパイクを決めると、
キャーッと黄色い声援が上がる。

きっと僕のように参加することすら苦痛な人はほぼいなくて、
ほとんどの男子は意中の人にいいとこを見せたいとか、そういう青春を楽しんでんだろうなあ、いいなあ、なんて思いながら試合を眺める。
時折、付き合っているんだろうなあという男女が汗で火照った体操着のまま、楽しそうに談笑している。
遠い、別世界のようだった。

前の試合が終わり、僕はバレーに参加した。

クラスで一言も喋らない奴がミスしたとして、
周りも「オイ!」と騒ぎ立ててフォローできない。
なんかこう、「どんま〜い」みたいな声がちらほら飛ぶだけで、何も盛り上がらない。
だからとにかくミスなく、つつがなく終わらせたい、という気持ちでいっぱいだった。

それでもやっぱり、1人だけそんな緊張感と不安を抱えてコートに立ってるから、
体が硬くなって咄嗟の対応が遅れてしまい、1,2個ミスをしてしまう。

微妙な空気になるたびに居た堪れず、
一刻も早く終わってくれと思うしか無い。
そんな戦いを1人でやり続けながら、やっと試合が終わった。


昼飯を食べてから数時間試合がなかった。
またどこで時間を潰すのか考えないといけない。

寒い階段にあるのが辛くなった僕は、
教室で勉強することにした。
幸い、ほとんどの人は試合か応援に行っていて、教室はほぼ人がいなかった。

自分の机があるだけまだマシだと思いながら、ノートを広げて勉強を始めた矢先、
クラスのトップカーストたち数名が大きな声で騒ぎながら教室に入ってきた。

何か忘れ物でも取りに来たのだろう。
僕は存在に気づかれたくないと思いつつも、反応するのも変なので、
気づかないふりして机に向かっていた。

すると、彼らは「勉強しとるでw」と笑い声を残して教室を出ていった。


教室に残された静寂の中、僕は恥ずかしさに耐えた。
受験生だから別にいいだろうという反論が心の中で渦巻きつつも、
球技大会でみんなが盛り上がる中で体操着のまま勉強している姿は、さぞ異質に映っただろうとも思った。
僕だって勉強がしたい訳じゃ無い。楽しめるなら楽しみたかった。
だからこそ、トップカーストの心無い言葉が胸に刺さった。

バカにしやがって畜生、と思いながらも、
学校全体が盛り上がる中、居場所なくうろついている自分は一体何者なんだろうかと思いながら、
試合まではトイレに篭って時間を潰していた。
惨めだった。

そうして、また自分の出る試合の番が来て、目立たないように適当に流し、
なんとか地獄の時間を終えた。

全ての試合が終わった後、優勝チームと教職員チームが戦うエキシビションマッチが行われる。

それが終わればすぐに閉会式なので、教室に戻るのも気まずかった僕は
人垣から離れた場所に座って試合を眺めていた。

しばらく試合を眺めていると、隣にクラスの担任が座ってきた。
担任は高校3年間同じで、クラスに馴染めず学校をサボりがちな僕に対してもフラットに接してくれるいい先生だった。

だけど、自分が学校に馴染めていないのだと嫌というほど思い知らされるこの球技大会で、担任と話すのは気まずい。
高校最後のイベントともあり、なんか踏み込んだことを言われそうだなという緊張感もあった。
その予感も当たり、気まずそうに1言2言返す僕に担任はこう聞いてきた。

「お前さ、3年間楽しかったか?」

僕はそんなわけねえだろ、と思った。
球技大会でいかに誰にも見られない場所で時間を潰したいと考えている奴が、
高校3年間を楽しめたわけがない。

でもそんなことは担任だって分かっているだろう。
節目だからこその会話だこれは。深い意図なんて無い。

「いや、、 そんなに」

担任と目を合わせず、目の前でクラスメイトたちが盛り上がって試合をしているのを眺めながら答える。
楽しそうにはしゃぐ女子たち、プレーに熱くなる男子たち。
時折交わされるハイタッチ、青春の光景。

僕も、もう少し頑張っていれば、あの輪の中に入れたんだろうか?
そんなことを3年の12月に考えても遅すぎる。
だから担任から楽しかったかなんて聞かれても、
「そんなに」以外言えることなんて無い。

ごめん先生、考えると惨めになるからこれ以上は無理だよ。

担任は「そうか〜」と言ったきり、会話は途切れた。

その後担任はエキシビションマッチに呼ばれ、
数学教師らしからぬスーパープレーで観客を魅了していた。
あんたサッカーもできるのかよ。

パスがつながって、シュートを打つ。
入っても外れても、ワーッと周囲が盛り上がる。
試合が終わった人たちがグラウンドに集まってきて、
応援の声が一層大きくなる。

楽しそうにプレーをしている人たちを見ていて、
単純に、僕もあの中に入りたかったなあと思った。


僕は閉会式を終えて、盛り上がるクラスメイトを避けて、
足早に学校を後にした。

12月の寒さが身に沁みる。
家に帰ってラーメンを作って食べて、少しだけ数学の勉強をしたが、
疲れたからかあまり捗らなかった。

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