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春巻きの皮で作るバクラヴァ
フィロ生地がなければ始まらない
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日本でも人気が出始めたバクラヴァ。フィロ生地(phyllo dough)と呼ばれる紙のように薄い生地を何枚の重ね、間に砕いたピスタチオ、クルミなどを挟んで焼き上げたパイのようなお菓子である。でもパフペーストリー生地(puff pastry dough、パイ生地)はフィロ生地とは思っているよりもずいぶん違う。パフペーストリーは小麦粉の生地の間にバターを挟み、なんかも生地を折り重ねることでたくさんの層を作る。フィロ生地の場合は生地の間にギー(澄ましバター)、溶かしバター、オリーブ油などを塗って重ねていくので、油脂の量がパフペーストリーと比べるとはるかに少ない。この違いが出来上がりの食感に影響を及ぼす。似ているようでも両者には明らかに違いがある。
アメリカで暮らしているわたしにとってフィロ生地を手に入れることは正直難しくないのである。少し前まではギリシャ系、アルメニア系、トルコ系などの食料品店に行かないと手に入らなかったフィロ生地だけど、今はごく普通のスーパーで買えるようになった。この記事の主役である春巻きの皮を手に入れることのほうがむしろ難しい。アジア系のスーパーに行けば買えるのだけど、普通のスーパーでは餃子やワンタンの皮を見かけることはあっても春巻きの皮はあまり見かけない。日本ではまったく逆で、春巻きの皮はどこのスーパーでも見つかるかな。でもフィロ生地を置いているスーパーはまずないんじゃないだろうか。
フィロ生地の材料は多分ほとんど家庭に常備されているものだけなので自分で作ればいいのだけれども、ほとんど人とってはあまりにもハードルが高すぎるような気がする。私自身は作った経験がある。でもいきなりバうクラヴァを作る気などはまったくなく、作りたい作りたいと思ってはいたもののなかなか意欲が湧いてこなかった。バクラヴァに到達する前に同じような料理からいちばん簡単そうなものを選んで、徐々に込み入った、よりバクラヴァのフィロ生地に近い料理を作ってみることにした。そのプロセスはツイッターで紹介した。
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ツイッターのリンク
https://twitter.com/MASAHITOSATO1/status/1722788475462635546
「うわあ、こりゃあとんでもないものを始めてしまったものだ」
とは実際には思わなかった。もちろん「簡単簡単」なんていえるものでも絶対になかったわけで、丸々一日費やしてバクラヴァを焼き上げたという満足度は高い。そして
「10ドル以下で買えるんだからもう作らなくてもいいかなあ」
と思ったのも事実である。なので皆さんに『作ってみたら』などといえる立場では絶対ないのである。
ワンタンの皮だよ、ワンタンの皮
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バクラヴァを自分で作ってからずっと、もっと簡単に作る方法はないかと考えていた。アメリカなら既成のフィロ生地を買ってくればいいんだけど、日本じゃそうはいかかないよね。何かいいほうはないものだろうか。
最初にピンと来たのがワンタンの皮だった。フィロ生地と比べるとかなり厚いけど試してみる価値はあるんじゃないの。そんな高いものじゃないし、余ったやつはワンタンにすればいいというか、ワンタン作るために買ってきてそこから数枚拝借すればいい。
問題はワンタンの皮が小さいこと。これでギリシャやトルコのようなでかいバクラヴァを作るなんて面倒なだけで、作ったはいいけど「ちがうよなあ」と思いながら食べなければならいことも十分あり得る。それは避けたいので違う方法を考えることにした。
バクラヴァっていっても千差万別でいろいろな形がある。ワンタンの皮を加工することなく、簡単に作れるものがいちばんだ。見つけるのはそれほど難しくはなかった。Bukaj(ブカジュ?正確なアラビア語の発音分かりません)というレバノンのバクラヴァだった。基本的には小さい正方形のフィロ生地を重ねて、それで砕いたピスタチオをくるんで焼くだけ、ワンタンの皮がそのまま使える、まさにワンタン用のバクラヴァなのである。
作ってみた。作り方は後述のレシピ通り。思っていたよりもきれいに焼き上がった。でも明らかに生地厚さが違う。食べてみても見た目の印象と変わりなし。バクラヴァのサクッとした食感はなく、どちらかというとパリッというかバリっとした感じだった。まっ、別のお菓子だと思えばいいのだけどバクラヴァというにはどうかなあ。でも少なくとも味はバクラヴァだった。
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春巻きの皮だよ、春巻きの皮
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世の中にはもっと薄い生地というものが存在するわけで、その存在を忘れていた愚かさを恥じることもなく、最初から分かっていたかのように躊躇いもなく手を伸ばしたのが春巻きの皮だった。
春巻きの皮はワンタンの皮より大きいので4等分して使った。また春巻きの皮は薄いので重ねる枚数も増やした。作り方は同じ。
やっぱり薄いだけあって出来あがりはずっとバクラヴァに近い。食感がバクラヴァとは程遠かったワンタン皮バクラヴァとは違い、食感が少しばかり本物のバクラヴァに近づいた。パリッという硬い食感は薄れ、少しだがサクサク感がある。
「これ、結構いけるんじゃないの。売っている春巻きの皮で作ったんだからこれで妥協してもいいんじゃないかなあ。味はバクラヴァだし」
それが春巻き皮バクラヴァの印象である。
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実際、本物のフィロ生地を使ったバクラヴァとはどれくらい違うんだろう。記憶が薄れる前にフィロ生地で同じものを作ってみることにした。
「やっぱりバクラヴァうまいよねえ」
細かいことは言いません。
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レシピ
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材料
6個分
水:100ml/砂糖:80g/レモン汁:小さじ2/ギーまたは溶かしバター:60g/砕いたピスタチオ:60g/春巻きの皮:正方形に4等分したもの48~72枚(1個8~12枚)
●春巻きの皮の代わりにフィロ生地を使う場合は:7~8㎝四方のものを72~90枚(1個12~15枚)。ワンタンの皮なら1個6~8枚ですが、厚いため焼き上がりがかなり硬くなります。
ギー(溶かし無塩バター)、ピスタチオはこの量で足りると思いますが、足りない場合は足してください。余った場合は食べてください。
作り方
1.水、砂糖を鍋に入れて沸騰させ、中火の弱火で10分ほど煮ます。かき混ぜる必要はありません。
2.鍋を火から下ろしてレモン汁を加えて混ぜます。
3.オーブンを160~180度にセットします。マフィン型にギーまたは溶かしバターを塗っておきます。
4.材料のところでも書きましたが、春巻きの皮はそのままだと大きいので正方形に4等分します。正確に切る必要はありません。大体で大丈夫です。
5.まず1枚を作業スペースに置き、上にブラシでギーまたは溶かし無塩バターをまんべんなく塗ります。2枚目をその上に置いて同じようにギーまたは溶かし無塩バターを塗ります。これを繰り返して8~12枚重ねます。今回は10枚にしました。最後の1枚の上にもギーか溶かし無塩バターを塗ってください。
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6.中央に砕いたピスタチオを2摘みくらい置いて、写真のように折って一度形を作ります。
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閉じた皮を一度少し開いてピスタチオを足します。量は好みでいいですが、少なすぎるより多過ぎるくらいのほうが美味しいと思います。
7.皮を閉じてマフィン型に置きます。ここで形を整えるといいでしょう。
8.皮の外側にブラシでギーまたは溶かし無塩バターを塗ります。型に入れる前に塗ってもかまいません。
9.余ったギーまたは溶かし無塩バターはスプーンでそれぞれのバクラヴァの上にかけます。
10.オーブンに入れて45分くらい皮がこんがり濃いめのきつね色になるまで焼きます。焼け具合を途中確かめてください。しっかり焼いたほうが食感がいいような気がします。ガス台についている魚グリルやトースターオーブンでもたぶんできますが、火加減、温度に注意してください。
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11.焼きあがる直前にシロップが入った鍋を火にかけて沸騰させ、冷めないように弱火にかけておきます。
12.バクラヴァが焼けたらオーブンから出して、即座にシロップを均等にかけてください。かけたらそのまま30分~1時間置いてシロップを浸み込ませ、冷めたら出来上がり。
13.シロップを全部使うと甘すぎると感じる方はいるかもしれません。不安な場合はシロップの量を2/3くらいしてください。少なすぎると乾いた感じで食感が硬くなる可能性があるので注意してください。