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高校総体代替大会開幕!失われたはずの晴れ舞台!

高校総体代替大会が一部地域でスタート‼各地で熱戦が繰り広げられる!



新型コロナウイルスの影響により、中止となってしまった高校総体、各都道府県では代替大会の開催などについて検討が行われているところです。
全国に先だって佐賀県や青森県など一部の地域では代替大会がスタート、感染防止対策を取りながらも熱戦が繰り広げられています。

もちろん映像やニュースの記事でしか確認することはできませんが、選手たちの表情を見ていると非常に明るく朗らかでした。これまで部活動で努力してきた成果を試せる場が奪われ、もう一度それを得た喜びは何物にも代えがたく、皆活き活きと試合に臨んでる、そんな印象を受けました。

今までは、たとえ試合の前後にお辞儀をしても挨拶をしても、それは形式上の話で相手に対して心からの敬意を持つ事はイメージ出来なかったでしょう。
僕自身も、今回スポーツが出来なくなって誰とも会えなくなって初めて、当たり前にスポーツができる環境や、相手が居て試合ができることの幸せさを知りました。

今、多くの地域では代替大会が開催できるかどうかわからない状況です。開催できたとしても一部の競技のみであったり、地域によっては開催自体ができなかったりという状況。
そんな中すでに開催されている代替大会では、選手一人一人がそのありがたさ、貴重さを十分に理解しています。
試合が出来る喜びを感じ、たとえ負けたとしても相手を心から称え、一緒の世代に生まれ、一緒の競技に出会い、一緒の空間に居られたこと、対戦ができたことを心から喜べる忘れられない大会になることは間違いないでしょう。

これまでの価値観を覆された時間だった

結果を残すこと、勝つこと、成長すること、これらがスポーツにおける正義だと思っていました。月並みな表現ですが、失ってみて初めて、その前提となる試合ができること、という当たり前の環境のありがたさを感じています。

中には、会場に到着し久しぶりに見るライバル達の姿に涙を浮かべる生徒もいました。対戦できるという”当たり前”が失われなければ、おそらく一生生まれなかった、気付かなかった感情でしょう。

そういった意味で、今年の世代の人たちはすごくすごく悔しい思い、悲しい思い、やるせない思いをした一方で、今まで誰にも経験したことがないくらいの貴重な経験をできる世代なのかもしれません。


もちろん、すべての”思い”が遂げられたわけじゃない。

代替開催が難しい地域、あるいは競技の人たちにとっては、努力の成果を見せる場所すらないというのは本当に悔しい思いでいっぱいだと思います。
そういった人たちにも、何かしらの形で発表の場所が提供できれば素晴らしいと思いますが、起死回生の妙案などはなかなかないのが現状です。

一つ思うのは、代替大会に参加できた地域・競技の選手は試合ができることに心から感謝しながらも”自分たちばかり試合をして申し訳ない”そんな思いは抱かないでほしいなと思います。また逆に、自分たちが悔しい思いをしているのはすごく分かりますが、試合をしている人たちを見て”ずるい”と責めるようなことだけはしないで欲しいなと思います。

感情的にも状況的にも整理できないことだらけだと思いますし、今後も何があるかわかりません。大会が途中で出来なくなってしまう可能性もゼロではないかもしれません。


月並みな表現ですが、エールを送りたい

でも、間違いなく言えることは今の経験は、一生涯に渡って、あなたが語れる経験です。どうか、50年後にはみんなで笑い話に出来る、そんな日々を過ごしていって欲しいなと思います。

感染防止対策を十分に講じながらも、一つでも多くの地域で、一人でも多くの選手が参加して、代替大会が開催されることを祈っています。
これを機に子供たちが、やっぱり一生懸命部活をやってたら世の中が大変な状況でもみんなが協力してくれるんだな、努力って素敵だなって思える日本になっていったら嬉しいです。


PS.

僕もそうでしたが、田舎の地域ってやや都会に対して劣等感を抱いていることが多かったりするんですよね。もしかしたら今回、初めて自分の田舎の地域に対して、誇れる瞬間だったのかもしれませんね。


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