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積極的大人論(仮)

自分の人生のなかでも、一番と言って差し支えがないほどの「落ち込み」を経験した。

情けないことに、まったく食事が喉を通らなかった。スーパーのお惣菜を見るだけで吐き気がして、店舗から逃げるように飛び出したこともあった。眠ることは難しくなかったが、起きるたびに感じたことがない重力に押しつぶされては、今日が始まることをひどく疎ましく思った。人生の根底を揺さぶるようなアッパーをモロに受け、かろうじて息をしていたような日々だったと思う。

父親が亡くなったときでさえ、「ああ、こんなに素敵な人間が死んでしまうとしたら、それはどうしようもないことなんだ」とむしろ納得がいって、翌日には前を向けていた僕にとって、それはそれはとてつもない大きさの出来事だった。

被ダメージが危険値を超えた僕は、この一週間を通して、多くの友人たちの力を借りた。ご飯に行ったり、遊びに行ったり、家にお邪魔したりした。

そのどれもは、いつもと変わらぬお題目だった。けれども、再び強い打撃を複数食らわせられることとになるとは思いもよらなかった。

やっと食べ切れたピザ。はじめてハッピーセットを完食した幼少期のことをまた思い出した

「自分のために踏ん張れ」

友人たちと沢山の言葉を交わすうちに、まず僕には「自分のために何かをする」という考え方がまったく根付いていないことが分かった。

たしかに僕は、いつだって誰かを喜ばせたくて、期待を裏切りたくなくて、物事を上手に完了させることで喜びを感じてきた。このnoteだって、きっと誰かが読んで鼻で笑ったり、思いを馳せたりしてくれると信じて書いている。

数の大小とか、名誉とかは心底どうでもよくて、ただただ誰かに届いてくれればそれでいいと本気で思っている。いつも読んでくださる方には感謝しかありません。

とはいえそれは、10年以上前に毒舌時代の有吉によってベッキーに与えられたあだ名「幸せの押し売り」よろしく、相手の様子なんて関係なしに善性を供給し、殴り続けてしまう危険性を孕んでもいる。

じゃあ一体どうしたらいいんだろう。そんな話をしたら、10年来の付き合いのある友人のお母様に「じゃあ他人のために頑張って、自分のためには踏ん張りなさいよ」という言葉を頂いた。

そして「他人のために頑張れるなら、それは素敵なことなんだから、さらに上を目指すときに使ったらいい。あとは、自分という土台を守るために、踏ん張りなさない。踏ん張れば、相手のことが分かってくる」と付け加えた。

ああ、本当にその通りだと思った。「他者がいなければ頑張れない」という考えにおいて、その「他者」はどこにいるのか。具体的な経験もなく、ただただ自分の写し鏡としての「他者」を尊重していたのではないか。

たとえば誰の物音もしない一人暮らしの部屋で孤独を噛み締めたり、努力が空回りして恥ずかしい思いをしながらも夢を叶えるために戦ったりして、自分の立つ地面とひとりで蹴り上げる重さを知るのだろう。

僕は期待に応えるというオンデマンドなハードルを乗り越えていくことで生きてきた。他者を見つめ直すことなく、理想と想像のお花畑を突っ走ってきたのだ。

甘かった。「自分のために頑張れない」とは、読み解けば誰のためにも頑張ってないのかもしれない。

積極的大人になる

成人年齢が引き下げられて久しいけれど、そんなことがあろうがなかろうが、僕たちは気付いたときには勝手に大人になっているものだ。年齢が、社会的ステータスが、責任が、人間に大人という称号を投げ付けてくる。

そういった人々を消極的大人と呼ぶなら、対となる積極的大人は、きっとお母様が言うような、地に足がついた痛みを知る者なのだろう。

また、自分と他人の境界線に自覚的であり、そこに優しくふれることのできる大人でもあるだろう。いきなり担ぎ上げられた「大人」という地位を楽しめる、そんなメタ的な目線をもった大人。

僕は、ひどい痛みの中で、そんな積極的大人になりたいと願うようになった。目標が新たに加わった。

再びゴングが鳴って

本当にすごい速さで、夏が過ぎていく。

自分ならではの戦い方を毎日見失いそうになる。瞬間的な享楽が麗しい姿をして手招きしている。

でも、薄々間違っていると分かっていることに身を預けなくても、鳴き声のように「エグい」と笑って周りに合わせなくても、べつにいい。そうやって生きてきた。流されない、染まらない。嫌いなことはしない。

上手くいったこともあって、上手くいかなかったこともあった。それだけのことだ。そして、長くも短い人生のなかで、誰かと心を通わせてきたことはたしかなのだ。友人たちの優しさと叱咤と信頼は、甘えきった僕には少し効きすぎた。

とはいえ、明日の活躍を祈ってリングに帰してくれた人々から渡された、疑いようもない愛情に報いるために、僕は再び眩い照明のもとに立つ。連休明け、朝、ゴングが鳴り響いた。小っさくファイティングポーズ。全部取りにいく。

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