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また会えると信じて
「お手伝いしましょうか?」
その言葉が僕に届いたのは、いつもと同じ電車のホームでのことだった。車椅子を押しながら移動していた僕に、若い女性が自然な笑顔で声をかけてきた。助けを求めたわけでもないのに、その柔らかな声が妙に心に響いた。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。」
僕はそう答えたが、彼女は軽く肩をすくめて微笑んだ。「でも、エレベーターまで案内しますね。」
その一言に、なぜか断る理由が見つからなかった。
彼女が前を歩き始め、僕もそれに続く。混雑したホームの中、彼女がいるだけで人々が自然と道を譲ってくれるのを感じた。これが彼女の持つ雰囲気なのか、それとも偶然なのか。どちらにせよ、僕の心は少しだけ軽くなっていた。
電車の中で
電車に乗り込むと、彼女も隣に座った。
「いつもこんな感じですか?」
その何気ない質問に、僕は少し笑って答えた。「まあ、慣れてます。でも、今日はちょっと違うかも。あなたのおかげで。」
彼女は少し照れたように微笑み、「それはよかった」と言った。
窓の外には変わらない景色が流れている。だけど、その日だけは、その景色が少し特別に感じられた。僕たちは、ささやかな日常の話を交わしながら、目的地に向かっていた。
駅を降りて
次の駅で僕たちは一緒に降りた。彼女が自然に尋ねてきた。「ここで乗り換えですか?」
「ええ、次はバスに乗る予定です。」
「じゃあ、そこまで一緒に行きましょう。」
その提案に、僕はまた彼女の後をついていくことにした。駅からバス停までの道は狭く、歩道もでこぼこしていた。車椅子での移動には少し苦労する場所だが、彼女がそばにいてくれるだけで、その道のりが楽に感じられるのが不思議だった。
「こういうこと、よくされるんですか?」僕が尋ねると、彼女は振り返りながら答えた。「いえ、あまり。今日は、なんとなく声をかけたくなったんです。」その言葉に、僕は胸が少し温かくなるのを感じた。
バス停に着くと、タイミングよくバスが到着した。運転手がスロープを準備してくれるのを見ながら、僕は小さくつぶやいた。「今日は親切な人ばかりだな。」
彼女も同じバスに乗り込み、また隣に座った。
小さな奇跡
「どこまで行くんですか?」彼女が尋ねる。
「少し先の公園です。仕事の打ち合わせがあって。」
「いい場所ですね。」彼女は微笑んだ。
僕たちは、車窓の景色を眺めながら話を続けた。話題は自然に広がり、彼女が最近引っ越してきたばかりで町を探検していることや、僕の仕事の内容へと移っていった。特別な話ではなかったが、そのやりとりがとても心地よく、時間が経つのを忘れるほどだった。
バスが公園近くに到着し、僕が降りる準備をしていると、彼女が少し迷うような表情を見せた。「ここまでありがとうございました。」と僕が礼を言うと、彼女は微笑みながら「またどこかでお会いできるといいですね。」とつぶやいた。その一言が、僕の心に深く刻まれるのを感じた。
余韻
打ち合わせを終え、帰りの道のりは驚くほどスムーズだった。ふと、彼女との会話を思い出し、あのとき彼女が言った「またどこかでお会いできるといいですね」という言葉を繰り返し噛みしめる。
日常の中で、僕たちは何気なく誰かに親切にすることがある。それがどれほど相手にとって特別なものになるかは、実は自分ではわからない。けれど、その日僕が感じたように、誰かの小さな行動が心を軽くし、新しい希望を灯してくれることがあるのだ。
「また会えると信じて。」
彼女との出会いが僕の中でそんな思いを生んだ。次はどこで、どんな形で誰かとつながるのだろう。その期待を胸に、僕はまた車椅子の車輪を押しながら町を進んでいく。今日のような特別な一日が、きっとまた訪れると信じながら。