カバンが空いている青年と、カバンの本質について
わたしは昼に、飯を食おうと食堂へと自転車をこいでいた。
自転車置き場に着く直前、カバンが開いている青年が歩いていた。
よく見る『THE NORTH FACE』と書いてある、上に開け口がついてあるようなカバンといったところである。
わたしはいつもカバンの口が開いていないか確認して自転車に乗る人であるため、このようなカバンが空いていても平気でカバン背負っている人におどろきであった。
何食わぬ顔で歩いていた。うしろからだれかが手をつっこんで財布を盗むというような不安はないのだろうか。不思議である。
ただ、彼のようにカバンの口が開いていても、カバンの本質としては問題ない。
というのも、「カバンとは何か」と考えたとき、「カバンとは、複数のものをまとめて持ち運ぶもの」と言えるからである。
このカバンの定義にしたがえば、たとえカバンのフタが開いていても、カバンであるから問題ない。
問題なのは、カバンの底が開いているときだ。
このとき、複数のものをカバンにいれても通り抜けて落ちてしまうから、持ち運べない。つまり、カバンの定義を満たさない。