黒いリムジン(Beauty and the Beast)

 まるでサンエンス・フィクションのように
 出会わぬうちから恋は始まり出会ったとたん恋は終わる。
 ジュリエットはひとり窓辺で嘆くこともなく
 ロミオも毒を飲まずに済んだ。

  十二月二十五日 午前二時三十分。
 渋谷、表参道、青山、六本木を抜け
 黒いリンカーン・コンチネンタルのリムジンが走る。
 ふたたび渋谷、表参道、青山を周りアマンド交差点を突っ切り
 黒いリムジンはウィンカーも出さず六本木ヒルズに横付け。
 前に邪魔な車があるわけでも別に誰かを乗せるわけでもないのに長い
 長い警笛を鳴らす。

  黒いリムジンの後ろに横たわっているのは
 四百年の眠りから未だ覚めやらぬジュリエット。
 柩に入れられ
 生娘のまま微笑みは凍りついている。
 運転席でハンドルを握っているのは
 四百年来消えやらぬ怨念によって生き永らえたロミオ。
 陽の光にさらされたヴァンパイアか
 銀の弾を胸に撃ち込まれた瀕死のライカンか
 見るも無残なその姿とは裏腹にハンドルを握るまなざしは鋭く
 その眼光は闇を引き裂く。

  せめて天国へ召しますようにと
 蕾の胸の上で固く合わされたジュリエットの
 両の掌を無理矢理こじ開け握らされたスマートフォンが発光し
 着信音が鳴る。
 フィクションがノン・フィクションを凌駕し
 バーチャルがリアリティを超越し
 いつとも知れぬどことも知れぬ場所から電波は発され着信音は鳴り
 執拗にジュリエットを呼ぶ。

  霊柩車さながら黒いリムジンに乗って
 忽然と現れた眠れる美女とずたぼろの野獣は
 渋谷、表参道、青山、六本木をはとバスのようにぐるぐる周り
 鳴り止まぬスマートフォンの着信音を振り切ろうとロミオは
 ぐんぐんアクセルを踏む。

  空の上では
 決して美しいとはいえない赤鼻のトナカイが引く橇に乗ったサンタが
 ジングルベルの鈴を鳴らしプレゼント配りに東奔西走。
 地上では
 フル回転するエンジンの爆音をとどろかせ
 黒いリムジンが猛スピードで突っ走る。

  着信音をブッちぎり、首都高を逆走!
 おおロミオ、何故にあなたはロミオなの!

  美女と野獣はまたもや世紀の恋を成就させることなく
 黒いリムジンとともに忽然と闇の彼方へ消え
 イブの喧騒が覚めやらぬクリスマスの朝
 核攻撃のアラームの如く一斉に

  世界中の恋人たちのスマートフォンがけたたましく鳴った。

 

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