
集中管理中の放射能汚染土の行方(後半)
こちらからの続き。話した内容に多少、補足しながら記録しておく。
汚染土の再生利用が安全基準に合致?
2025度以降、全国での汚染土(8,000Bq/kg以下)の再生利用を本格化したいと考えている環境省は、9月10日、国際原子力機関(IAEA)の報告書を受け取った。
3回の会合(視察先は前半で紹介した飯舘村長泥地区)を踏まえての報告書だ。

環境省が仮訳したプレスリリースには、同報告書には、1F事故後の除染で発生した土壌や放射性廃棄物の再生利用・最終処分について「現在計画されている日本の取組は IAEAの安全基準に合致している」と書かれている。(「IAEAの安全基準」とは何のことか、「合致している」と言えるには何が必要かは後述する。)
法律で「再生利用」を認めているのか?
一方、同仮訳では「東京ドーム11 個分の除去土壌の管理については、政府に福島県内外で土壌を再利用することを認め、残りの土壌を 2045 年までに福島県外で最終処分することが日本の法律で謳われている」と、原文がぼかさて訳された箇所がある。
原文でこの部分は「The management of removed soil—enough to fill 11 Tokyo Domes—is governed by a Japanese law which permits the government to repurpose the soil both within and outside of Fukushima Prefecture and for final disposal of the remaining soil to take place outside of the Fukushima Prefecture by 2045.」太字だけを訳すと「日本の法律では、政府は福島県内外で土壌を再利用し、残土の最終処分を福島県外で行うことを認めている」。「日本の法律では」再利用を「認めている」と断言しているのだ。
だが、前半でも述べたように「中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO)法」には「中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分を完了するために必要な措置」としか書いてない。「福島県内外で土壌を再利用」とは認めていない。
また、前半でこれも述べたように、環境省が「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」の検討をもとにまとめた「考え方」で謳い、放射性物質対処特措法(以後、特措法)の基本方針で「再生利用等を検討する必要がある」と書いただけで、法律本文で「福島県内外で土壌を再利用」できるとは認めていない。

法律家「『処分』と『再生利用』は違う」
環境省は、特措法第41条第1項の「除去土壌の収集、運搬、保管又は処分」の「処分」に「再生利用」が含まれると強弁しているが、加部歩人弁護士や福島瑞穂参議院議員らに以前から指摘されているように『処分』と『再生利用』は違う。
・廃棄物処理法第1条では、「再生」と「処分」は書き分けられている。
・同法第6条の2でも、「処分(再生することを含む)」と書き分けている。
同じ環境省が所管する法律で、この特措法だけ「処分」に「再生利用」が自動的に含まれることはない。法律の専門家たちはおかしいと指摘してきたのだ。
また「考え方」で謳う『再生利用』は、単なる『再生利用』ではない。
「利用先を管理主体や責任体制が明確な公共事業等で人為的な形質変更が想定されない盛土材等の構造基盤で追加被ばく線量を制限し、適切な管理の下」行うことだと定義してある。これが法律には存在していない。「考え方」にしかない。
いかなる『再生利用』も法律で認めてなどいないのだ。
除去土壌(removed soil)の再生利用(repurpose)について、IAEAは「日本の法律では認めている」と書いてあることは間違いである。
なお、プレスリリース2ページ目には「注意事項」として「IAEA は、本翻訳の正確性、品質、信頼性又は仕上がりについていかなる保証も行わず、 いかなる責任も負うものではない」と書かれているが、翻訳以前の問題だ。
「 IAEAの安全基準に合致している」とは?
さて、先述した「 IAEAの安全基準に合致している」とは何なのか。これは、2024年6月の環境省のワーキングチームの資料で既に報告されていた。
「覆土を用いることにより、目標線量である1mSv/yを下回る線量を目指す最適化を検討することは、国際的な安全基準に整合している」。
ざっくり言えば、「上から土を被せて年間1mSv以下の被ばくを目指すならいいよ。目指す線量は、ステークホルダーとの協議を踏まえて最適化のアプローチで決めるんだよね」ということだ。

放射線防護の3原則
ここで出てくる「最適化」を理解するために、放射線防護の原則を環境省資料でおさらいしておく必要がある。国際放射線防護委員会(ICRP)の「防護の3原則」だ。
正当化: 放射線を使う行為は、もたらされる便益(ベネフィット、メリット)が放射線のリスクを上回る場合のみ認められる。
防護の最適化:個人の被ばく線量や人数を、経済的・社会的要因を考慮した上で、合理的に達成できる限り低く保つ(ARALAの原則)
線量限度の適用:
○職業人(実効線量) 年50 mSv かつ5年で100mSv
○一般公衆(実効線量) 年1mSv
(例外)医療被ばくには適用しない

そう考えて、改めて気づいたことがある。
「正当化」に必要なメリットの不在
IAEAの視察先に選ばれた飯舘村の長泥地区は原発事故で被ったとんでもないデメリットの底から相殺することも優ることもできないメリット(ほんの少し故郷に立ち寄れる希望の光のような時間)があるだけだが、その他(新宿や所沢)の地域住民が、放射能で汚染された土壌の再生利用(の実証事業でさえ)で得られる便益はない。
もうこの時点で、この「放射線を使う行為は、もたらされる便益(ベネフィット、メリット)が放射線のリスクを上回る場合のみ認められる」という「正当化」の原則に汚染土の再生利用は反している。
さて、この「正当化」とはなんぞやという概念の説明がIAEA報告書本文にはきちんと書いてあるのに、環境省が訳した仮訳(要旨)には(概要)にもない。

また、先述したプレスリリースで「再生利用(repurpose)」とされた言葉は「管理されたリサイクル」という言葉が使われているが、繰り返すが、「管理された(汚染土の)リサイクル」日本の法律ではどこにも定義(制度化)されていない。
最適化に必要な住民参加の制度
次に2番目の「防護の最適化:個人の被ばく線量や人数を、経済的・社会的要因を考慮した上で、合理的に達成できる限り低く保つ(ARALAの原則)について。
IAEAの報告書本文では、この「最適化とは」何かもきちんと明記してある。その上で「環境省は、目指すべき線量レベルは、地域住民や市町村などの利害関係者と協議して決定することを制度に明記することを検討している」と書いてある。
住民参加で決めることを制度化することが「最適化」のアプローチなのだ。「IAEAの安全基準」に「合致している」と言うために必要なアプローチだ。
しかし、環境省の仮訳(概要)では、そこが「専門家チームは、最適化の取組を通じて目指すべき線量水準は、地域住民や自治体などの利害関係者と相談して決定されると認識している。主語が違ってしまっている。
環境省の仮訳(要旨)では「専門家チームは、線量だけでなく、周囲の状況も考慮し、全体的な影響を考慮して防護と安全の選択肢が評価されるべきであることを強調した」と、もはや他人事だ。
地域住民と協議して決定することを制度に明記するというIAEAの最適化アプローチはもはや消えてしまっている。

そんなわけで、次のように話を締めくくった。
最適化アプローチに必要な住民参加プロセスは、法律に書くべきものであり、省令で書くべき内容ではない。そして、再度、強調するが、それ以前に「正当化」できていない事業が「管理された汚染土のリサイクル」ではないか。

全資料はこちら
【タイトル画像】
環境省「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和5年度版)」
第4章 防護の考え方 より