バー・レイザー#22 アマゾンジャパン中途採用の舞台裏 DX推進できる人を見極める
多くの企業にとって、デジタル技術を活用した業務改革、すなわちDXの必要性は疑いもないところでしょう。ところが、実態はというと遅々として進んでいない、と言うのが現状かと思います。少し古いですが、経済産業省はこちらにてDXが進まない理由を分析しています。あるいはIPA(情報処理推進機構)も2023年2月に「DX白書2023」を発行しています。関連記事はこちら。日本の企業の生産性が低いとされるのも、このDX推進の遅れと相まっているように感じます。
これらの資料や記事を読んでみると、DXに取り組んでいるものの、実際に何かしら成功し、成果を得た企業は少なく、DXが進まないいくつかの問題が指摘されています。本稿を書くにあたって、改めてアマゾンにおけるDXとはどんなものがあっただろうか、と振り返ってみることにしました。
デジタル技術をベースにeコマースビジネスからクラウドビジネスを展開するアマゾンは、すでにDXに関しては一般的な企業よりも一歩先を歩んでいるといって良いでしょう。しかし、私が在籍していた2019年ごろにおいても、幾つもの業務改革が並行して走っている、という状態でした。書籍事業における業務改革で、今でも強く印象に残っているのは、「発注業務の完全自動化」です。
書籍はその発行点数の多さに起因するロングテール商材の代表的なもので、アマゾンが初めにネット通販として手がけた商材です。それゆえに長い間改善が繰り返されほとんどの発注は自動化されていました。(私が2005年にアマゾン入社し、担当したビデオゲームの一部発注はエクセルファイルで発注データを加工、取りまとめしていた記憶があります。)書籍は数十万種の書籍が日々注文され、出荷されます。それを人の目でチェックし、手作業で発注するのは合理的ではありません。よって、複雑なロジックが各種パラメーター(入荷までのリードタイプ、利益率、過去の需要など)によって影響を受ける発注ロジックによって自動発注されていました。
ただ、例外もあります。例えば、新聞の書評に取り上げられたり、テレビのバラエティ番組によって取り上げられたりした書籍は急激に需要が急上昇、スパイクします。こうした急激な需要の変動を当時の発注ロジックは読み切ることができず、読者の関心が高まっているタイミングで本来必要な数が発注されないことがあります。こうしたロジックでは掬いきれない場合に、インストックマネージャーが追加の発注をマニュアル(手動)で発注する場合がありました。
こうしたマニュアル発注を「原則全て禁止にする」と言うトップダウンの指示が突然降りてきました。当時、急激に機械学習がクローズアップされ、発注ロジックに機械学習モデルを援用する、と言うのがプロジェクトの中心であったと理解しています。発注業務を最適化するSCOT(Supply Chain Optimize Technology)と言うチームが立ち上がり、そのチームが推進することになりました。
今でこそ機械学習について一定の理解がありますから、マニュアル発注をやめる、という経営判断について抵抗なく受け入れることができると思います。しかし、当時は「急にマニュアル発注をやめると言っても欠品だらけになってしまう」と言う抵抗感が現場には、そして、私自身にもありました。なぜなら、商品詳細ページの閲覧数に対して「在庫あり」と表示された回数で算出される「在庫あり率」はチーム全体の最重要評価指標であり、とりわけ、在庫管理に責任を持つインストックマネージャーはその%の変動が自分の成績、評価につながるからです。マニュアル発注をやめることで、急激な需要スパイクに対応できず欠品が生じると、この「在庫あり率」が悪化することになるのです。
もちろん、お客様が求める商品を常にお届けできる状態にする、と言うCustomer Obsessionに照らして、そうしたマニュアル発注することは「例外的に」許可されました。(だから「原則」禁止とされていたわけです)アマゾンが徹底しているのは、このマニュアル発注時に必ず「Reason Code」の入力を求められた、と言うことです。つまり、どういう理由でマニュアル発注をせざるを得なかったのか、をしっかりシステムに読み込ませ、それを機械学習させる、というわけです。そして、このreason codeごとの発注回数、発注ボリュームが全体の発注量に対して何%占めているのか、のトラッキングが始まりました。インストックマネージャーは新たなチャレンジ指標として、このマニュアル発注を如何に減らすか?と言うことを求められ始めました。
以上を振り返ってみると、現場の抵抗や、今まで繰り返してきた業務への拘泥といったものを、有無を言わさずバッサリ切ってしまう、という潔さがアマゾンの業務改善にはあったのだ、と思い出されます。そして、その後、業務改革が進んでいるかどうか数値でしっかりトラックイングする、という点もアマゾンならでは、と言えるでしょう。
DXが進まない、という企業の多くはDX推進できる人材の不足、と言うより、強力にリードして現場の抵抗を動かしていくトップの胆力不足ではないか、と感じます。トップのコミットが曖昧な状態で外部からDX推進担当を採用しても(あるいは内部から登用しても)成果は得られない、と考えるべきです。
本稿の本来の主旨に戻りましょう。では、トップがしっかりコミットする環境下で「DX推進できる人」を外部から採用する際にどんな点を見れば良いでしょうか?もちろん、システム構築などの広範な知識や経験は必須ですが、それ以上に、上記のようにチームを率いるリーダーに求められる資質は何かを考えた時、アマゾンのリーダーシッププリンシプルにある"Invent and Simplirfy"がまず想起されます。
Invent and Simplify
リーダーはチームにイノベーション(革新)とインベンション(創造)を求め、それをシンプルに体現する方法を常に模索します。リーダーは常に外部の状況に目を光らせ、あらゆる機会をとらえて新しいアイデアを探しだします。それは、自分たちが生み出したものだけにとらわれません。私たちは新しいアイデアを実行に移す時、長期間にわたり、外部の理解を得ることができない可能性があることも受け入れます。
私は、特に後段の「私たちは新しいアイデアを実行に移す時、長期間にわたり、外部の理解を得ることができない可能性があることも受け入れます。」と言うくだりが新しいことを進めるにあたって最も重要なポイントではないか、と考えます。「外部の理解」とありますが、時として「内部の理解」も多くの場合得ることができないからです。こうした問題に立ち向かえる人に有効な質問は何でしょうか?
質問
業務上のプロセスを再構築した時のことを教えてください。
そもそもなぜ再構築が必要だったかも含めて教えてください。
業務改革の計画を持っていたけども、それを実現するには障壁があった時のことを教えてください。どのようにそれを乗り越えましたか?
上記の質問の回答は実に様々、みなさん、改善・改革の事例を多数お持ちです。S.T.A.Rによってお話の概要、輪郭が掴めたら、以下のポイントを掘り下げるようにしています。
その業務改革がビジネスに及ぼした影響はどれくらいか?
お聞きすると、その業務改革は自分のチーム内だけの改革で反対を唱える人もおらず、改革にそれほど困難さが伴わなかった、と言う事例をお話しする方もいらっしゃいます。ビジネスに及ぼす影響が少なければ、関連する部署の数も少なく、よって、改革への抵抗勢力も少なくなります。
実現に障壁となったこと、すなわち、業務改革に否定的だった人やチームをどのように説得しましたか?
トップダウンで業務改革の命が飛んできたとしても、現場はあれやこれや理由をつけて協力を拒みます。あるいは、協力的であるように見えても、システムや運用の例外を認めるよう求めてくる場合もあります。そうしたケースに当たった時にどんな対応をしたのか、単に迎合してしまったのか、なども聞き取るようにしています。どんな点に抵抗を受けたのか、その抵抗をプッシュバックするにはどのような説得材料を持って行ったのか、なども重要なポイントです。
その業務改革を達成したことによって、どんな成果が得られましたか?
例えば、業務に携わる人の週あたりの業務時間をX時間削減した、などの例が挙げられますが、こういった具体的な数値で答えることができるかは、その方がプロジェクトをリードする立場としてどのように成果を得ようとしていたかが明白になります。この成果を評価するところで、当初目論んでいた改革の実現につながっているかどうか、もし、それが当初の目標と異なるならそれはなぜか?などをしっかりと考察しているか、が聞き取るポイントです。
こうした質疑応答の中で、業務改革がうまくいかなかった、と言う話になることもあります。私は面接の中で、プロジェクトの成否を重く見ていません。業務改革は前述の通り、インパクトが大きいほど社内の多数の抵抗勢力と戦いながら進めていくもので、当初の目論見通り進まないこともあり得ます。そういう状況下でどんな行動をしたのか、に着眼します。うまくいかなかったことを客観的に振り返り、自分の経験値として蓄積されている方は、同じ状況に陥った時にどう対処するか、と言う引き出しを持っているからです。むしろ、何を学んだかを言語化して、引き出しにしまっている人を面接を通じて見極めることが大事だと考えています。