バー・レイザー#20 アマゾンジャパン中途採用の舞台裏 交渉力のある人を見極める 中編
前回の連載では、交渉力のある人を見極めるには、というテーマで主に交渉の準備段階でどのような資質が求められるか、そして、それに符合するリーダーシッププリンシプルは何か、について述べ、Customer Obsession、Earn Trust、Dive Deepについて振り返りました。本稿では、実際の交渉時においてどのようなリーダーシップの発露が求められるかを考えてみることにいたします。
実際の交渉に入り取引先へ要望を伝えると、それまで想定していたシナリオとは別方向に話が進んでいく場合があります。要望を受け入れる代わりに、交換条件としてXXを引き受けて欲しい、あるいは、要望の全ては受け入れられないが、XXまでは飲み込んで良い、など。あるいは、要望については門前払い、交渉の余地などない、など。様々なパターンが生じ、その都度交渉シナリオの修正が求められます。交渉の難易度が高ければ高いほど調整すべきことは多岐にわたり、自分一人の手では負えなくなってしまうこともあります。その時に期待されるのはOwnershipです。
質問:あなたは難易度の高い交渉でどのようにその交渉をリードしましたか?
その進捗状況についてどのように上司やチームに共有し、
どのようにサポートを求めましたか?
「自分一人の力でなんとかなりました」というタイプの交渉は実は難易度はさほど高くありません。上司を引っ張り出したり、あるいは役員を引っ張り出して、相手の役員との商談をセッティングするなどの動きが求められるような交渉こそが難しい交渉といえます。この時に"リーダーは長期的視点で考え、短期的な結果のために、長期的な価値を犠牲にしません。リーダーは自分のチームだけでなく、会社全体のために行動します。"と定義されているような資質を発揮できるか、が問われます。
私が書籍事業本部でチームメンバーと共に出版社との直接取引を行なっていた時のことを改めて振り返ってみることにします。日本の商慣習において、実質的には書店は取次と呼ばれる出版流通卸からしか仕入れをすることができません。取次を介さずに書籍の仕入れを行うのはタブー中のタブーとされてきました。それほど、取次は出版社と密接な関係を持ち、書店もまた、取次を介して書籍を仕入れるメリットも享受していました。一方で、この構造でビジネスを長く継続したことの制度疲労もあり、デメリットが多くありました。
過去の連載で、書籍事業において重視するメトリクス(計数管理)の一つに”在庫あり率”があることをご紹介しました。書籍をできるだけ広く在庫し、一方で欠品を防ぐためいち早く仕入れ調達することで、この率を改善し、購買転換率を改善することが可能になります。しかし、取次という卸物流業者が介在することで納品までのリードタイムが長くなってしまい、そのことによって在庫補充に時間がかかり、”在庫あり率”が悪化してしまう、という問題がありました。
この問題を解決するために、出版社にアマゾンジャパンと直接取引契約を結び、物流を整流化し、リードタイムを短縮しませんか、という交渉を重点的に行ってきました。この交渉は本当に難易度の高いものでした。なぜなら、出版社は取次を介してほぼ全ての書店への書籍供給を行っており、取次を中抜きしたビジネス構造を認めてしまえば取次との信頼関係を失ってしまう、と考えるからでした。あるいはStatus Quoに固執し、新しいビジネスの枠組みに否定的な出版社の経営者も大勢いました。
まずはこの交渉は、現場の担当者レベルで提案するところから始まります。その際に過去3年間の売上推移、アマゾンにおける書籍在庫量の変動、在庫あり率の推移、平均リードタイム(アマゾンが発注してから物流拠点に入荷されるまでの日数)を提示し、リードタイムの短縮による在庫あり率の改善を示し、それが売上にどのように影響するかを客観的な数値を具体的に示します。時には、その出版社がライバルと目す競合出版社の成長率と比較したグラフも提示します。自社の対前年成長率が数%なのに、他社は二桁成長を示しているなどを示すことで、何が問題なのか具体的な議論に発展します。
ようやく直接取引について現場レベルの理解が得られたら、さらに上位の決裁者、時には経営者との交渉に発展します。その際に重要なのは、直接取引が短期的なリターンをもたらすものではなく、長期的に両社の成長につながるものだ、というメッセージを伝え、それにコミットすることを伝えることでした。
こうした交渉過程を経て、ようやく合意の手前にきて、ここからは最後の難関である具体的な取引条件(仕入料率、支払いサイトなど)のすり合わせや契約書上の文言修正などの詰めに入ることになります。ここで求められるのはHave Backbone, Disagree and Commitです。これがなぜ必要なのか、次回の連載で詳しく述べることにいたします。