【13】清酒の賞味期限
既に各所で解説されている内容ですが、とりあえずこのネタならさほど時間かけずに書けそうなので、サクッとやってしまおうかと思っていたのに随分かかってしまいました…。
微生物のお話はもうしばらくお待ちください…。
消費期限と賞味期限
本題の前に、まずこの2つについて解説しておこうかと思います。
解説というか、消費者庁が出している資料の文言コピペになりますが。
「食品表示基準」の第二章第一節第一款第三条において、一般用加工食品では「消費期限または賞味期限」を定められた表示の方法に従い表示されなければならない、とされています。
「消費期限」は「定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限を示す年月日をいう」とされており、「期限を過ぎたら食べない方が良い期限」(use-by date)とされています。
「賞味期限」は「定められた方法により保存した場合において、期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日をいう。ただし、当該期限を超えた場合であっても、これらの品質が保持されていることがあるものとする」とされており、「おいしく食べることができる期限」(best-before)とされています。
食品衛生法第十九条第一項の規定に基づく表示の基準に関する内閣府令(PDFファイル)の第一条の2にそれぞれの定義が記載されています。
消費期限と賞味期限の違い
これらの設定については、下記のQ&Aでも回答されているように、法令等で定める基準はなく、事業者(表示責任者)の判断に委ねられています。
早い話「必ずどちらかを表示しないといけないけど、その根拠と責任は自分たちで持ってね!」という典型的なお役所仕事です。
一応ガイドラインによってある程度の情報は提供していますが、最終的には食品の情報を把握している製造業者等が科学的、合理的根拠をもって適正に設定している…ということにされています(原材料、商品の殺菌、包装の仕方等で食品を保存できる期間は大幅に変わるため)。
期限を過ぎたものの考え方としては、食品衛生法上では「消費者に危害を与えうるかどうか」が争点であり、「消費期限を過ぎたもの」は飲食に適さないとされます。一方「賞味期限を過ぎたもの」は飲食に加え販売することも禁じるものではないのですが(ただし賞味期限切れである旨は告知すべきとされています)、期限内に販売・飲食されることが望ましいという見解を示しています。
清酒の表示における取り扱い
上述のとおり、一般用加工食品には原則として消費期限または賞味期限の表示が必要ですが、しかし以下の区分に該当する食品にあってはこれを省略することができるとされています。
でん粉
チューインガム
冷菓
砂糖
アイスクリーム類
食塩及びうま味調味料
酒類
飲料水及び清涼飲料水
氷
清酒を含む酒類はアルコールを含有しており、その特性から長期間の保存に耐え得るものであるとされ、期限の表示を省略できます(記載する場合は食品表示基準に則った表示が必要です)。
製造時期の表示
しかし酒類の中で、清酒については「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」に基づく酒類の表示基準の一つである「清酒の製法品質表示基準」により、「製造した時期」を年月で表示することとされていました。
しかし、2023年1月よりこれが「必要記載事項」から外れ「任意記載事項」として取り扱われるようになりました。
流通の観点から、ただちに消えてなくなることはないだろうとは考えられていますが、表示が必須ではなくなります。また混乱を招きかねないという点からも、「任意記載事項」として、表示する場合には現行の表示から特段の変更を要さない形での条件緩和です。
そもそもこの「製造時期」は、瓶詰された時期、もしくはその後冷蔵等の適切な環境下で貯蔵され、製品として完成した時期を以て「製造時期」とされます。醪から搾った時期ではないし、瓶詰した時期とも限らないので、製造時期が直近でも新しい清酒とは限らないという、消費者にはわかりにくいところがありました。またタンクで長期貯蔵した古酒にもかかわらず、瓶詰日が「製造時期」として表記されるため、誤解などの原因ともなっていました。なのでそこら辺の記載についても柔軟化させたのが2023年1月の改定です(正直わかりにくさが解消されたわけではありませんけどね…)。
清酒の賞味期限
秋田県酒造協同組合が以前にポスター(PDFで開きます)を作成したことで話題になった「日本酒に賞味期限はありません」という文言が示す通りですが、法令上では定められていないものの、各蔵元でおいしく飲んでいただける目安、としては設定していることが多いです。
インターネット上で拾えた情報の中では、火入したお酒なら製造年月より1年程度とするところが多いかな…という印象でした。生酒については、限外濾過等により常温流通が可能としている商品とそうでないものがあるので、注意が必要です。世の中には「うちの生酒は常温保管でも崩れないし、むしろ生熟成上等」とかいう変態なお酒もあるのですが(個人的には大好きです)、たいていは冷蔵保管でなるべく早めに飲み切ることを推奨されることが多いです。
製造時期よりも留意すること
火入れ酒であっても、大前提として保管は冷暗所として考えられています。冷蔵庫でなくても構いませんが、30℃や40℃を超すような環境は避けるべきです。また太陽光や蛍光灯などに常時晒される環境も不適です。光や熱のエネルギーは、清酒中における物質の反応を促進し、着色の他、多くの場合は劣化と考えられるオフフレーバー(不快な風味)に繋がります。
光による劣化
直射日光によるダメージは特に深刻で、そのまんま「日光臭」という劣化表現があります。「けもの臭」とも呼ばれ、これは「3-メチルインドール」(←トリプトファンの分解)、「メルカプタン」(←メチオニンの分解)などが原因物質と考えられています。
官能評価のトレーニングとしてオフフレーバーのサンプルを調製する際にも、日光臭については一日直射日光に晒すだけで調製できるとされています。自分でも経験があるのですが、日当たりの良い東側の窓辺に申し訳程度の遮光と思われるプラスチック板を経て日本酒が並べられていたコンビニで清酒を買って帰って飲んだところ、一口目でえげつない「けもの臭」がしました。自社製品ですので元の味はわかっていますから、保存環境による劣化であることが一目瞭然でした…。
また蛍光灯も直射日光ほどではないものの紫外線を発するため、同様に清酒を劣化させます。その辺りを考慮されている酒販店さんはUVカットの照明を使用されていることがあるのですが、ヒトの目ではわかりませんので、基本的には蛍光灯に晒されていない環境かどうかを気にした方が良さそうです。
新聞紙や化粧箱に入っている場合、遮光によりこの劣化は回避することがでるので、多少製造年月の日付が古くても品質が保持されている可能性が上がります。
小売店や飲食店では商品ディスプレイの一つとして目立つところに酒瓶を並べているケースがありますが、たいていは空瓶だと思いますけれども、もし中身の入った酒瓶が強い光の当たる環境下にある場合は注意した方が良いと思います。
なお、瓶色によって紫外線の透過の度合いが変わることが研究によって明らかになっていまして、下に示すのは酒類総合研究所が配布している「お酒のはなし【特集:清酒 2】(改訂版)」からの引用です。
とはいうものの、劣化を完全に防げるという話でもないので、瓶色によらず光は避けるに越したことはないでしょうね。UVカットを謳う瓶でも同様です。
温度による劣化
高温環境下で清酒が置かれると、着色の進行を促進する他(清酒中に含まれる糖分とアミノ酸による化学的反応が主)、老香と呼ばれる劣化臭の原因物質の生成が促進されます。
DMTS(ジメチルトリスルフィド)が老香の原因と考えられるため、近年ではこのDMTSが生じにくい特徴を持つ清酒酵母も開発され、日本醸造協会からも頒布されるようになりました。
DMTS等のポリスルフィドは温度が高いほど反応が促進して短期間で蓄積されることから、清酒は冷暗所での保管が望ましいとされています。
生酒を冷蔵保存するのは、先述のイソバレルアルデヒドによる「生老香」も一因です。蒸れたような匂いがするのであまり好まれない物質です。
吟醸酒においては、香気成分である脂肪酸エステルが徐々に分解されてしまい、吟醸香が失われやすいという点も保管温度上の問題に挙げられます。そして脂肪酸エステルの前駆体である脂肪酸はオフフレーバーの原因物質ですので、脂肪酸エステルが多いとマスキングされて目立たなかったものが、吟醸香が失われると同時に認識されるようになります。
酵母の品質改良によって、代表的な吟醸香であるカプロン酸エチルを多く含む酒が造り易くなったのですが、バランスが崩れるとカプロン酸によるドブ臭のような不快臭の原因にもなります。
長期熟成酒の特徴と劣化の違い
では「古酒(長期熟成酒)」はどうなの?という話になります。
このように、色も香りも特徴的な長期熟成酒ですが、それらの反応は基本的には長い時間をかけて進行することが知られています。短期間で起こる反応はどちらかと言えば「劣化」として扱われます。
色の変化
色については先述の「温度による劣化」の引用の中で触れられている「メイラード反応」などの褐変が進行したもので、清酒に含まれる糖分とアミノ酸によって生じます。なので古い酒ほど色が濃くなっていきますが、活性炭濾過である程度取り除くことができます。逆に長期熟成酒では特徴として敢えて色を残すことが多いかと思われます。
なお、着色でも好まれないのは酒中に含まれる鉄分による着色反応です。
こちらは活性炭濾過でも取り除きにくいとされ、色のある酒は売れないとのことで忌避されてきました。麴菌の品種改良で「DF菌」と呼ばれる「デフェリフェリクローム非生産性菌」が開発されたのもその一環です。水の除鉄は結構手間がかかりますので、鉄を除けないなら麴菌にデフェリフェリクリシンを作らせなければいいじゃない、という考え方ですね。
香りの変化
香りに関しては先に引用した文献にも記載がありまして…
これらの成分のうち、短期間で生じた「老香」との違いを突き詰めていくと、DMDS、DMTSに関しては「老香」「熟成香」それぞれを特徴する酒の間で顕著な差はなく、ソトロンをはじめとするカルボニル化合物やコハク酸ジエチルの割合が「熟成香」では相対的に多いというデータが出たそうです。ソトロンはカラメル様の香り、コハク酸ジエチルは蜂蜜のような香りと形容されています。
結局のところどうなの?
そもそも「古酒」「熟成酒」といった言葉ははっきりした定義がなく(税法上は「前酒造年度以前に造られた酒=古酒」ですが)、清酒のタイプによっても数年程度で特徴が出るものがあれば10年以上経ってもあまり変化しないものもあり、何を以て「熟成」と評価するのかが曖昧です。
オフフレーバーとされる「老香」「生老香」についても、他の成分とのバランスによっては深みを増す一因になることもありますし、それを好むor好まないという嗜好品ならではの問題かもしれません。
数年寝かせることで蔵元が意図する味わいになる清酒もあれば、今すぐ飲んでくれという清酒もありますので、酒の新しい/古いは必ずしも品質判断の基準にはならないのですが、それも「適切な環境下で」置かれるのが前提ですので、清酒にやさしい環境かどうか、は一つの判断基準にしていいのかなと思います。
消費期限/賞味期限と絡めて劣化、熟成の触りの部分をまとめてみました。
勢いで書き上げたので気が付いたら何か手が入って変わっているかもしれません……。