フォロワーを減らしたいと思った日
Twitterをしていた。
12年間。
20歳の頃から、32歳まで。
私のTwitterとの暮らしを思い出しながら、綴っていきたい。
20~22歳
この頃はまだ、学生時代。
TwitterよりもFacebook、ギリギリmixiがメインだった。TwitterやInstagramもアカウントは持っているけれど、ほとんど使うことは無かった。
いてもリア友や、よく分からない人。
ツイートの内容も「風呂なう」が2週間に1度、不潔の極み。
23~26歳
社会人になって、お金を稼ぐようになってから、好きなバンドの情報がFacebook、Twitterと複数の場所で見られるようになった。
Facebookに比べて私的な情報が出やすく、返信もしやすいTwitterで、バンドメンバーにリプ返をもらったらもう無理だった。
推しに名前を呼んでもらうことに喜びを覚えてしまった。バンドの繋がりの相互さんが増えたが、ツイ廃というにはまだ微妙。
仕事の愚痴が多い、元恋人と別れたのもこの辺。
27~29歳
結婚と出産である。
出産を機にツイ廃の日々が始まる。
ツイオフやハッシュタグを通じて、多くのママたちと繋がった。
すると、Twitterの世界が一気に楽しくなってくる。
今まで遠くにあった、バズや炎上がすぐそばで行われるのだ。
その時私は「多くのフォロワーを持ち」「バズり」「人気者になりたい」という気持ちを持ち始めた。
同じような毎日を過ごす子育ての中、不足刺激をTwitterで補うこととなった。
30~32歳
この2年間1番暴れた。
その結果凍結となったけど、この頃にはすでに「フォロワーを減らしたい」という気持ちになっていた。
簡単に減る訳もなく、どんどんやりづらくなるTwitter。
また別の記事でも書きたいけれど、この期間だいぶ面白い事をたくさんした。
フォロワー数「6000~7000」の大型アカウントを運営していた時期もあった。
信者と敵を同時進行で生み出し続ける。
頭の中にネタが止まらない。
次はアレをしたい、次はこれをしたいとアイデアが次々とわく最高のおもちゃだった。
やりたい事に反して、自由度が落ちることも感じていた。
そして、金になるわけでもない。
私のアイデアは金にはならない。全て趣味でボランティア。
別に、それでも良かった。育児中、社会から離れた私は誰かの日々に刺激を与えられて、誰かの楽しみになる事に喜びを覚えていたから。
人々は私に言った。
「才能の無駄遣い」
私は今、次はどこで、自覚なき才能を無駄遣いするかを、考えている。
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