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スマホビジネスをめぐるゲームがメジャーアップデートされるぞ~ その②

この連載は、「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(「スマホ新法」)はスマホビジネスをめぐるゲームのメジャーアップデートであるとの立場から、来年末にリリースされる新しいゲームルールのもとで、これまでできなかったどんなビジネスができるようになるのかについて解説することで、スマホのアプリや周辺デバイスのビジネスを手掛ける事業者のみなさんが、今から新しいビジネスを準備できるようお手伝いすることを目的としています。

 第1回の記事はこちら

ルールの短い解説

 
 この連載は、「どんな内容のルールなのか」ではなく、「このルールが導入されるとどんなビジネスができるようになるのか」ということを中心に書いていきます。とはいえ、どんなルールなのかの概要が分からないと、その先の話に進めませんので、まずは最低限のルールの説明から入りたいと思います。

複雑にならないようにQ&Aの方式でまいりましょう。

Q1 そもそも何を規制する法律なの?

A1 スマホに搭載されている以下のソフトウェアを提供する大規模なプレイヤーに対して、同じレイヤーや周辺レイヤーのビジネスを妨げるような行為を禁止したり、同じレイヤーの事業者間の競争を活性化させるために一定の行為を義務付けたりする法律です。
① モバイルOS
② アプリストア
③ ブラウザ
④ 検索エンジン

<短い解説>

1.対象はスマホのみ

 スマホ新法は、モバイル端末のうちスマホにターゲットを絞ったルールです。つまりタブレット端末に搭載されるソフトウェアには及びません。なにをもってスマホとするかですが、スマホ新法は以下の3つの要件を満たすものをスマホと定義しています。
① 常に携帯できる大きさであること
② PCと同様に多様なソフトウェアをインストールして利用できること
③ 電話機能と通信機能の両方を持っていること
 このようにした背景にはいろいろなことがあるのですが、この連載との関係では「みんながスマホだと思って使っているものがスマホなのね」と思っていただければ十分です。

2. スマホを構成する4つの中核ソフトウェア

 スマホには色々な有用なアプリをインストールできます。なかでもショッピングアプリや動画配信アプリ、ゲームアプリなどは人気アプリの一角を占めますね。また、インストールして使うネイティブアプリだけでなく、ブラウザからアクセスできるブラウザアプリというカテゴリーもあります。こうした様々なアプリにエンドユーザーがアクセスするために必須となるのがOS、アプリストア、ブラウザと検索エンジンです。
 様々なアプリ提供の基盤または玄関口ともいえる、これらの4つのソフトウェアは、国内で特定少数の事業者が大部分の市場シェアを獲得している超寡占市場になっています。
① モバイルOS(Android 51.2% iOS 44.6%)
② アプリストア(GooglePlay 97.4%[Android] AppStore 100%[iOS])
③ ブラウザ(Chrome 66.6%[Android] Safari 66.3%[iOS])
④ 検索エンジン(Google検索 80.7%)

3. 法律の背景にある課題感と解決策

 この4つのソフトウェアは様々なアプリ・コンテンツのゲートウェイとなっているため、ネットワーク効果やデータの蓄積等を通じたスイッチングコストの高まりなどによって、4つのソフトウェア市場同士の競争が起こらなくなってしまうだけでなく、その上のレイヤーであるアプリや、アプリと連携する周辺デバイスの市場でも、本来起こるべき競争が起こらなくなってしまいます。これはエンドユーザーにとって大きなペインや不便を強いる結果となります。
 そこで、スマホ新法は、これら4つのソフトウェアの市場を寡占している事業者に一定の行為を禁止したり、一定の行為を義務付けたりすることによって、4つのソフトウェアの市場のみでなく、その上にあるアプリレイヤーや、アプリと連携する周辺デバイスのレイヤーの市場から、新しいサービスが生まれることを寡占業者が妨げないようにすることとしています。

Q2 誰が規制されることになるの?

A2 スマホに搭載されるモバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンの各市場で一定以上のシェアを持つ事業者が規制対象になります。

<短い解説>

 スマホ新法は、「モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンの各市場で大きなシェアを持つ事業者」にあたるための数値基準を今後政令で定めて、それに当たる事業者を指定することで規制対象とすることとしています。数値基準はまだ出ていませんが、A1.の<短い解説>を読んでいただくと、具体的に誰が規制されるかはだいたい予想できますね。

 なお、「数値基準を定めてそれに該当する事業者を指定する」という仕組みになっていますので、最初に指定された事業者を未来永劫規制対象とする仕組みになっているものでもなければ、最初に指定されなかったからと言って未来永劫規制対象とならないわけでもないです。

 簡単に言えば、ビジネスにめちゃくちゃ成功して大きなシェアを持ち、市場の競争を阻害することができるようなパワーを持つに至ったら規制対象になりますよ、という仕組みです。多くの日本の事業者の皆さんは、規制対象となることを警戒するよりも、規制対象となるまでにビジネスを大きくすることにまずは注力するべきでしょう。

Q3 規制内容をざっくり説明して?


A3 4つのソフトウェアを提供する大規模事業者に対して、それぞれのソフトウェアの特徴を考慮して、概ね以下のような禁止事項と義務付けを課しています。
<禁止事項>

<義務付け事項>

<その他>
 モバイルOS事業者、アプリストア事業者、ブラウザ事業者に対して、ソフトウェアの仕様変更や利用条件の変更をしたり、事業者をバンするときは、事業者がこれにスムーズに対応できるようにするために、必要な期間を確保したり、情報を開示したりすることを義務付けることとしています。
 また、競争上の弊害をもたらすおそれのある使用等の変更をする場合には、その内容や理由等を開示することを義務付けることとしています。
 さらに、モバイルOS事業者、アプリストア事業者、ブラウザ事業者に対して、仕様変更等の準備期間や開示の内容等につき事業者からの苦情処理を受け付ける体制や紛争解決のための体制を整備することを義務付けることとしています。
 なお、「必要な期間」については以下のとおり定められることが予定されています。

モバイルOSとブラウザ: 
変更の頻度や影響の度合いが様々なので、一律の期間を定めることは予定されていません。変更の内容や影響に応じて、事業者がこれに対応するために必要と見込まれる合理的な日数を確保することが義務付けられる予定です。

アプリストア:
アプリをBanするときには30日前の通知とすることが予定されています。利用条件の設定や変更については原則として15日前、例外的にその対応のために15日よりも長期間が必要と見込まれる場合には、その作業や調整のために必要と見込まれる合理的な日数を確保することが義務付けられる予定です。

Q4 本当にこのルールは守られるの?ハックされたりしない?


A4 ルール上は潜脱を許さない、かなりハックされにくいものに仕上がっています。あとは運用が腰砕けにならないようにすることと、アプリ事業者が運営(公取委)にただ乗りしようとせず、自らのビジネスの土俵をつくるものであることを自覚してルールの運用にしっかりと関与することが大切です。

<短い解説>

 デジタルプラットフォーマーは、これまでアプリ事業者や政府からの運用改善の要請に対して、しばしばセキュリティやプライバシー保護を理由にその要請に後ろ向きな対応をしてきた過去があります。セキュリティやプライバシー保護は重要ですが、それは自由競争を不当に抑圧することを正当化する根拠とはならないということで、スマホ新法でもそのバランスをとる試みがなされています。
 具体的には、左記に説明したA2.のうち「OS事業者の禁止行為」「アプリ事業者の禁止行為」につき、その禁止行為の例外措置をとることについて、以下の4つの正当化理由が認められます。
① サイバーセキュリティの確保
② ユーザーのプライバシー保護
③ 青少年ユーザーの保護
④ 犯罪行為の予防
 
 ただし、上記のいずれかの正当化理由があれば何でも例外が認められるわけではなく、より競争制限的ではない他の代替的手段がないと認められる場合でなければ、上記の正当化理由をもって禁止行為の例外措置をとることは認められないというルールになっています。
 そのうえで、今回規制対象となる事業者は、毎年、スマホ新法を自らがどのように順守しているかを報告することが義務付けられます。報告書の中には、禁止事項を順守するためにとった措置の内容のみならず、その措置が法令の趣旨に照らして実効的な措置であることの説明が求められます。また、上記の正当化理由を根拠に禁止事項の例外措置をとる場合には、なぜそれが正当化理由として許されるのか、つまりより競争制限的ではない他の代替的手段がないことについて説明しなければならないことになります。
 これにより、報告書を受けた公正取引委員会は、正当化理由が競争制限の隠れ蓑に使われているのかどうかを吟味・評価することができることになります。

 なお、事業者がスマホ新法に違反した場合には、課徴金として違反行為に当たるサービスの国内売上高の20%をチャージされる仕組みが導入されています。この20%という数値は、規制対象と見込まれる事業者の売上高営業利益率が25%~30%であることを踏まえて設定されており、ルールの設定者としては相応の抑止効果があると期待しているということになっています。

 また、アプリ等を提供する事業者自らがアクションをとることができる方法として、規制対象事業者がスマホ新法に違反して被害を被った場合、自ら裁判所にその行為を差し止めることを直接求めることができるほか、排除措置命令がなされた違法行為に対して損害賠償請求を求めることができることになっています。

 さらに、規制対象事業者がスマホ新法に違反していると思われたときは、いつでも公正取引委員会に通報することができることになりました。アプリ等を提供する事業者は、これまでも任意の通報はできたわけですが、「報復が怖い」という理由でこの通報をしてこなかったと言われています。そこでスマホ新法は、通報による規制対象事業者の報復措置を明示的に禁じることにしました。逆にいうと、これでアプリ等を提供する事業者は、「報復が怖い」ということを理由に黙って何もしないとか、陰で文句ばかり言っているとか、そういうみっともない真似をすることが正当化されないことになるということです。要するに、不当な競争制限行為に直面したら、事業者の経営陣は何らかのアクションを起こさないと、「経営陣としてやることをやっていないんじゃないか」と株主に責められても仕方がない状態になります。

 ですからモバイルエコシステムの中でビジネスをされている事業者の皆さんは、スマホ新法が想定通りに機能するかどうかは皆さん次第であることをよく自覚していただく必要があります。口を開けて行政が何かやってくれるのを待つのではなく、スマホ新法によって新しいマーケットが日本であるべきように開かれるよう、皆さん自身が何ができるのかをよく考えて行動していただきたいと思います。

注記:この記事による法律の解説は、今後出てくる政省令に規定されることが予定されている情報が含まれていますが、これらを含めてすべて法律に基づき誰もがアクセスすることができる情報をベースに作成しています。

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