ベンチャーとベンチャーが経営統合した話 ~ 第三章 オルタナティブデータのリーディングカンパニーへ ~
全3章にわたってお届けする、Finatext × ナウキャストの経営統合の物語。
ここまでは林が執筆してきたが、最終章は僕、辻中が筆を取りたいと思う。
なお、第1章から読みたい方はこちらからどうぞ。
見えてきた黒字化
第1章と第2章で林が書いた通り、初期のナウキャストはトップライン(売上)がうまく伸びなかったり、ターゲット顧客の変更を含む経営方針の転換などを理由に古株メンバーが離脱したりと、Hard thingsの連続だった。
前職の日銀時代は統計と経済調査ばかりだったので、営業や事業開発、組織開発が全く未経験だった自分には、肉体的にも精神的にも辛い日々が続いた。
Finatextと経営統合して1年目、やっと黒字化の見通しがついた頃の忘れられない思い出がある。顧客と会食した帰りに、ナウキャスト2代目社長で僕を採用した人物でもある今井(現データアーキテクト)と、駅のホームで「ようやくここまで来たな」と二人して泣いた。創業から1年半ほど頑張っても頑張っても黒字になる絵が見えなかったので、本当にうれしかったのだ。
※総務省でCPIを開発し渡辺先生の共同研究者として活躍していた今井は、現在はデータアーキテクトとしてナウキャストの開発、技術を全般的に見ている。今井の半生とナウキャスト創業秘話は、こちらの社員インタビューをご覧ください。
(某テック系カンファレンスで登壇する今井)
「勝ち筋が見えない」
ナウキャストの中でも古株である僕や今井は、「このままビジネスを畳むことになるのでは」「東大日次物価指数(現・日経CPINow)というイノベーションを僕たちの手で潰してしまうのでは」という不安や恐怖と戦っていた期間が長かった。
黒字化に成功して継続的に売上が上がるようになり、そういった不安や恐怖からは解放された。そんな当時の僕は、正直言って気持ちに若干の緩みが出ていたと思う。
そのことに気づかせてくれたのが、開発チームをリードする若手エンジニアのRyoheiから言われた言葉だった。
「今後どう事業が成長していくか見えない」
厳しい言葉だった。でも鋭かった。
黒字化以降もがむしゃらに営業し、次々と新しいデータやプロジェクトに取り組んではいた。最初期のプロダクトである「日経CPINow」は順調だったし、新たに出した衛星画像データの分析やSNSデータのセンチメント分析、GDPの予測サービスなどの実証実験を繰り返して目先の売上は確かに立っていたのだが、どうも顧客に満足してもらっている実感がなかった。
今思えば、当時はオルタナティブデータのトレンドが生んだバブルの中にいただけだった。顧客に十分に価値提供できている実感はなかったし、そもそも「なぜこのデータを分析するべきなのか」「顧客は何を求めているのか」「持続的な優位性をどこに置くべきか」を、社員にストーリーとして語ることができていなかった。
会社として「これからのナウキャストの事業をどう作っていくのか」という戦略を再構築するタイミングが来ていた。
顧客の声を聞きまくる日々
といっても、マクロのリサーチとデータの営業をひたすらやってきた自分には、「戦略を描く」ために具体的に何をすればいいのかがよくわからなかった。
そのことをメンバーに正直に話し、まずどこから着手するべきかを皆で議論した結果、僕たちはリサーチャー、データ分析屋らしく、まず「とにかくマーケットを調べよう」「顧客の声を聞こう」となった。今振り返ると、焦って開発をしたり思い込みで戦略を立てたりせずに、まず「顧客の声を聞く」という意思決定ができたのは幸運だったと思う。
厳しい言葉を伝えてくれたRyohei含め、エンジニア、ビズデブ(BizDev)の垣根なく、皆で海外の先行事例や業界レポートを調べた。彼らは僕が思っていたよりもデスクリサーチが得意であることがわかったし、資料はほぼ英語だったため、以前から実施していた英会話レッスンの効果も実感した。
僕の役割は、セールスとしてとにかく顧客の声を聞くことだった。幸い、日銀時代からヒアリングは好きで得意だったので、半年間で200件近くインタビューした。海外のカンファレンスにも年間4~5件は行き、出張のたびに1日10件以上のインタビューを組んでとにかく顧客のニーズを引き出し、海外のプレーヤーの先進事例を学んだ。
(香港で開催された投資銀行のカンファレンスにて、創業初期に東大の院からナウキャストにジョインしたデータサイエンティストの新田と)
そうしてヒアリングとリサーチを重ねるうちに、今まで「機関投資家」と一括りにしていた顧客も、「クオンツファンド」「ロングオンリー」「ロングショート」などの顧客セグメントに分かれ、抱えている問題や求めているサービス形態がかなり異なることが分かってきた。
また、データに対しての関心も一様ではなく、
・データのヒストリー
・実際の企業の売上との相関性
・カバレッジする銘柄数
・データのカテゴリ(衛星画像、記事データ、購買データ)
などといった様々な軸で優先順位がつけられることがわかった。
※この頃学んだオルタナティブデータの業界構造に関しては当社の特集ページで詳説している。
徹底したマーケットリサーチの結果、「様々な機関投資家に様々なデータを売る」のではなく、「データ活用ノウハウが豊富な米国の機関投資家に向けて、当社の強みが生きる購買データを売る」ことにフォーカスすべきだという結論に至った。
フォーカスに従い、社内公用語の英語化、購買データのクレンジング、データパイプライン開発を加速させた。それに伴い、他の開発プロジェクトの優先順位と劣後順位も定めた。
この戦略は結果的にかなりワークした。米国の機関投資家は、海外では成功済みの購買データでのリサーチスタイルを日本株の投資にも生かそうとしていたから、僕たちのフォーカスはそこにぴったりとフィットしたのだった(今でもナウキャストの売上の半分以上は海外のお客様からきている)。
また、今、内閣府を始めとする官公庁や野村証券などの証券会社でコロナ禍の経済インパクト分析に活用されている「JCB消費NOW」の開発が一気に進んだのもこの時期だ。
なお、今でもナウキャストでは四半期に1度、「OKR」のフレームワークに従って目標設定とレビューを行い、顧客の声と先進事例から「今僕たちの向かっている方向は正しいのか」を、エンジニア、ビズデブ全員で検討するようにしている。
日本のオルタナティブデータ業界の課題
こうして僕たちは、創業期のHard thingsや試行錯誤を経て、オルタナティブデータ事業を成長軌道に載せることができた。
今後はこれまで培った経験とアセットを生かし、日本に「オルタナティブデータのエコシステム」を作りたいと考えている。これは創業期からの思いにも繋がる部分で、僕自身が今の仕事を選んだ理由でもある。
※ナウキャスト参画までの経緯や動機については、日本経済新聞のインタビューでお話しさせていただいた。
そうした立場を踏まえて、最後に、日本のオルタナティブデータ業界の課題と、それに対するナウキャストの取り組みを紹介したい。
米国では、70%以上の機関投資家が何らかのオルタナティブデータを活用していると言われていて、Battlefin やEaglealpha などのイベント会社や、モルガンスタンレー、Jefferies のような投資銀行が毎日のようにオルタナティブデータに関してのカンファレンスを開いている。中国でもクレジットカードデータや位置情報の流通は盛んだ。
日本でも、最近は日経新聞などのメディアや内閣府の資料でオルタナティブデータが取り上げられることが増え、徐々に盛り上がりを見せてはいるものの、目立ったプレーヤーが我々含め数社しかおらず、機関投資家の中での活用事例も少数に留まっていることと比べると彼我の差は大きい。
この背景には、日米の市場規模の差や規制の違いなど幾つかあるが、中でも難易度が高く日本における業界課題になっているのは、人材育成と組織作りだと思う。
オルタナティブデータの領域は、金融というドメイン知識とデータサイエンス、そしてエンジニアリングという3つの知見を同時に持って初めて有効な事例を作ることができる。
例えば、我々が長年トライしているソリューションに「POSデータから企業の売上を把握する」というものがある。POSデータでは「スーパーで明治のヨーグルトが◯◯円売れた」という商品レベルの売上がわかるので、そこから明治HD(2269)の売上や業況感を把握できるのではないか、という発想だ。
一見簡単そうに思えるが、
・そもそも明治HDにとってスーパーという販売チャンネルはどの程度重要か(金融、食品業界についてのドメイン知識)
・POSデータを収集する店舗数の増減をどうコントロールするか(データサイエンスの視点)
・データの中から明治HD関連商品のみをどう抽出するか(データエンジニアリングの視点)
など、考慮すべきことは多岐にわたる。
こうした点を疎かにすると、業績全体のごく一部を占めるに過ぎない国内スーパーでのチャネルから全体を語ろうとしてしまったり、POS収集店舗数の増加による売上増加をメーカーの売上増加だと錯覚してしまったりなど、分析や意思決定のミスリーディングを生んでしまう。
これは、POSデータに限らず位置情報やクレジットカードデータなどオルタナティブデータ全体に共通する注意点だ。
※位置情報の取り扱い方については、日経新聞で良記事が出ている。
海外の競合他社と話をすると、こうした領域横断的な課題に対処するため「MBAホルダーで元クオンツアナリストのCEO」や「統計学のPh.Dを持った株式アナリスト」といった人材がゴロゴロ在籍している。
一方、日本ではデータサイエンティストやエンジニアの人材不足が叫ばれるようになって久しく、加えて金融知識が必須となるオルタナティブデータ領域の人材育成は難易度が高い。
そのような状況下でオルタナティブデータ人材を育成するため、ナウキャストでは、
・資産運用会社、海外データベンダー、国内IT大手などから金融、データサイエンス、エンジニアリングの各分野のエキスパートを集め(ちなみに、社員の1/3は海外出身者だ)、
・データサイエンスや自然言語処理などの関連技術領域での修士号や博士号取得の支援や、東大の渡辺研究室を始めとするアカデミックとの知見交換を推進し、
・自社プロダクト、他社とのPoCいずれの場合も全プロジェクトでエンジニアとビズデブのtandemを基本形とし、お互いの知見の積極的な交換と協働を常に生むようにしている。
最後は宣伝っぽくなってしまった。
僕たち自身もまだまだ道半ばではあるが、「ナウキャストという1つの会社」に閉じず、「オルタナティブデータという一つのビジネスカテゴリ」を作ることができる今のナウキャストは、とてもエキサイティングな環境だと思う。
こんなナウキャストで働いてみたい、僕たちと一緒にデータビジネスを作りたいという方は、ぜひ下記の求人ページ、もしくは僕個人の連絡先に気軽に連絡してほしい。
▼ナウキャストで現在募集中のポジション
・DWHエンジニア
・ソリューションデータエンジニア
・MLエンジニア
▼僕(辻中)の連絡先
・Twitter
・メールアドレス
tsujinaka★nowcast.co.jp
※★を@に変更してください。
また、Finatextグループではエンジニアを中心に仲間を大募集している。こちらもチェックいただけるとうれしい。
Finatextグループのnoteマガジン「Finalog!」も、よかったらフォローしてください。