小三治さんの「芝浜」
私が大好きな噺の一つ、「芝浜」。
中でも私は小三治さんの「芝浜」が一番好きです。
腕は立つが、大酒飲みの勝五郎。商売は棒手振りの魚屋。
今日も仕事へ行かず、朝から飲んだくれている。「明日こそ仕事に行く」を何度も繰り返している。
そして、ようやく仕事に出た冬の朝。時を間違えて早く家を出たため、河岸はまだ開いていない。仕方なく芝の浜へ出て一服していると、波打ち際に見つけたのが汚い皮財布。手元へ引き寄せて中を見ると金貨が入っている。慌てて家に持ち帰り、数えてみると42両ある。
「これでもう仕事へ行かなくて済む」と大喜び。湯へ行き、帰りに仲間を誘って酒だの寿司だの飲み放題の食べ放題。そして酔って寝てしまう。
夕方になって眠りから目覚めるとおかみさんから「この勘定どうするの?」と責められる。「あの金があるだろ」と言うが、おかみさんは「そんなものはない。悪い夢でも見たんだろう」と言う。そこでようやく反省する勝五郎。
それからは大好きな酒も断ち、懸命に働く。元々目の利く魚屋だったので客が戻って来、3年後には棒手振りではなく、店を構え、使用人を使うほどにもなった。
そして、大晦日の晩。飲んだくれていた頃のことを思い出していると、おかみさんが箪笥の引き出しから、汚れた皮財布を出してくる。勝五郎が中の金を数えると、42両ある。
おかみさんが涙ながらに語る。あの時、この金があったら、お前さんがもっと駄目になると思ったから夢だと嘘をついた、と。
この先を書くのは無粋なのでここまでにしておきます。
小三治さんのこの噺。
飲んだくれていたころの勝五郎と、改心して働き始め、店を持ち、大晦日の晩に昔を思い出している勝五郎のまったく異なる表情。
仕事に出たときの凍りつくような冬の寒さ。
地平線から登ってくるお日様が目に見えるような描写。
大晦日の晩のきれいに掃き清められた店。
どの場面もが目の前に展開される。
そこに小三治さんはいない。
見えているのは勝五郎とおかみさん。
背景には貧乏長屋、芝の浜、そして大店。
「芝浜の皮財布」というお芝居を観たことがありますが、正直なところ、たった一人で演じ
るこの話芸にはかなわないと思いました。
見事な話芸です。