引用紹介:中国が世界でばらまく「広告」の正体
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世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い
中国が世界でばらまく「広告」の正体
「チャイナ・ウォッチ」をただの「広告」と思うことなかれ(前編)
2019/04/23
桒原響子 (日本国際問題研究所研究員・未来工学研究所客員研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教)
「China Watch(チャイナ・ウォッチ)」
さて、これが何かをご存知だろうか?
「チャイナ・ウォッチ」は、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナル等、米国を中心に、世界中の有力新聞の中で、目にする機会が増えたと感じるようになった。そこで取り上げられている内容は政治・経済・社会・文化といった時事ネタが中心で、紙面の構成まで、普通の新聞と何ら変わりない。
しかし、これは前述の大手新聞社が発行している新聞ではない。中国のプロパガンダなのである。中国政府が発行するもので、米国等の有力新聞社に資金を投じることで、彼らが発行する新聞の中に紛れ込ませて購読者の手に渡るよう、計算されて作られている。「チャイナ・ウォッチ」は、各国からプロパガンダ・キャンペーンと批判されている、中国のパブリック・ディプロマシー(PD)の一戦術なのである。
今回は、前編と後編の2回に渡って、「チャイナ・ウォッチ」の正体に迫ることとしよう。
「正しい」情報に特化したプロパガンダ・キャンペーン?
「チャイナ・ウォッチ」は、中国政府が運営する英字新聞社「China Daily(チャイナ・デイリー)」が発行する「広告」だ。新聞記事で構成されているように見えても、新聞ではない。しかし、「広告」といえども、一般的な広告などではない。
チャイナ・デイリー社は、1981年に北京で設立され、2009年9月にニューヨークに進出して以降、徐々に規模と活動を拡大させ、今ではワシントン、シカゴ、サンフランシスコ、ヒューストンといった米国の大都市において支局を展開するまでとなった。
中国は、その経済成長を武器に、米国の大手新聞社に対する影響力を拡大し、自国にとって都合のいい情報ばかりを現地で報道させることで、米国の世論づくりに影響を与えてきたのだ。
そのチャイナ・デイリー社が発行するものの一つが、今回のテーマである「チャイナ・ウォッチ」なのである。「チャイナ・ウォッチ」と題する「広告」記事が新聞記事と混じって掲載されたり、折り込み式広告として海外の大手新聞に差し込まれたりしている。
ではなぜ、中国がここまで米国紙に影響力を持っているのだろうか。それは、中国政府、そして中国共産党がニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの紙面を定期的に買っているからだ。
昨年末、英国紙ガーディアンが、こうした中国のPDを「プロパガンダ・キャンペーン」として、最新状況を報じた。その記事によると、中国のこうした「広告」の目的は、“Tell China's story well”、つまり「中国を正しく伝える」ことだという。
中国共産党の管理の下、中国国内にはむろん「報道の自由」がない。その一方で中国は、「報道の自由」の脆弱性を突いて、海外の主要新聞メディアを利用し、自国にとって都合のいい報道、つまりは「中国を正当化する報道」のみを伝えるという、大胆な世論工作を行っているというのだ。
中国がこの方策を展開し始めたのは、つい最近のことである。実はこれまで、中国の世論工作は国内社会をターゲットにしたものがほとんどだった。チベット問題、台湾問題、天安門事件など、中国が世界から批判されており、このような中国が触れてほしくない、つまり中国の悪いイメージが海外で伝えられている情報は、国内ではことごとく排除され、中国国民の目や耳に入らないよう情報統制されてきた。いわば、「防御的」世論工作だ。
それが、この10年あまり、中国はその方策をより洗練させ、攻撃的な戦略へと舵を切り出した。つまり、ターゲットを国際社会にした「攻撃的」世論工作である。その手法が、世界中の情報環境に資金を投入し、対外的に中国がポジティブで好印象と映るよう、中国に関するニュースを操作させるというものなのだ。それが、“Tell China's story well”というわけである。
日本が標的に!
米国で尖閣巡りプロパガンダ・キャンペーンを展開
「チャイナ・ウォッチ」の存在が日本国内でも知られるきっかけとなったのは、2012年9 月11日の日本政府による尖閣諸島の国有化である。これに対し、中国がすぐさま激しく反発したのは、記憶に新しいところだろう。
実は、その直後の2012年9月28日、ニューヨーク・タイムズおよびワシントン・ポストの有力新聞が中国の尖閣諸島に関する「広告」を同時に掲載した。しかも、「尖閣諸島は中国のものだ」といった報道ぶりで、だ。
両紙は、これまでも「チャイナ・ウォッチ」を数多く掲載してきたが、この回に限っては日本の安全保障の立場にとって大変不利になる深刻なネタであり、そういった書きぶりがなされていた。
広告の大見出しは「尖閣諸島(中国語原文では釣魚島)は中国に帰属する」とされ、誌面の中央には、巨大な尖閣諸島の写真が掲載されていた。その写真の周りをぐるりと囲むような格好で、尖閣が中国の領土である理由等が、かなりの分量で書かれていた。そして両紙は、紙面区分が報道に見えるよう、つまり、一般紙面に完全に紛れ込ませた格好で、2ページ見開きでこれを掲載した。
新聞の字は細かい。両広告とも最上段に小さく「広告」と記されてはいるが、その直下にでかでかと「China Watch(チャイナ・ウォッチ)」「China Daily(チャイナ・デイリー)中国日報」とあるため、「広告」の主張は全くと言って良いほど目立たない。いや、むしろわざと目立たなくしているのだ。目を皿のようにして隅々まで読まないと、普通の新聞記事、つまりそれが「ニューヨーク・タイムズ」だったり「ワシントン・ポスト」の報道記事であるかと思い込みかねない。
これが、中国の「広告」戦術の一つである。この戦術における中国の狙いは、米国政府ではなく、米国民だといえる。米国政府は「尖閣諸島は日本の施政権下にあり、日米安全保障条約の適応対象となる」との立場を示しているが、米国政府の政策決定に影響を与える米国民に対し「尖閣諸島は中国のものである」との宣伝工作を仕掛けることによって、米国世論を味方につけようというのだ。
中国は「船」を借り、米国、そして、世界へ
中国は、なぜ自国のメディアを使って海外の世論に直接働きかけないのだろうか。それは、中国が世論づくりの構造をよく理解しているからだろう。自分にとって「正しい」情報を伝えるにも、伝え方を誤ると、逆にそれが相手に独りよがりに映ってしまい、せっかくの広告が反感を買うだけの結果に終わってしまう。
そこで、中国がとっている方法が、“Borrowed boats strategy”、「借り船戦略」である。「借りた船」、つまり、他国の報道機関(=船)に、自国の宣伝・世論工作を載せる(乗せる)戦略を指す。チャイナ・デイリー社は、少なくとも海外の30社以上の新聞社と契約しており、毎回、4~8ページに渡る広告「チャイナ・ウォッチ」を各新聞に折り込んでいる。
こうした手法はあからさまなプロパガンダともみられ、効果などないように思えるが、実際、この「借り船戦略」が、世界中の主要都市新聞にまで進出しているという実績もある。
ガーディアンの昨年末の報告によれば、中国のプロパガンダ戦略は、北米、欧州、豪州への進出が最も顕著であり、とりわけ北米では、「ニューヨーク・タイムズ」、「ウォールストリート・ジャーナル」、「ワシントン・ポスト」、「ロサンゼルス・タイムズ」、「シアトル・タイムズ」、「デモイン・レジスター」の計6紙が対象とされている。このことからも、中国は世論工作対象として、米国に重きを置いていることが推察される。
現状では、上述の米国の主要新聞は、かなりの資金をチャイナ・デイリー社から受け取っているようだ。ガーディアンによると、チャイナ・デイリー社は2017年より、2,000万ドル以上を米国の新聞社につぎ込んでおり、着実に「チャイナ・ウォッチ」の浸透を図ってきたという。
世界中の大手メディアが、これほどまでに中国のプロパガンダ記事を自社の報道紙面に盛り込めば、購読者が、中国の広告をそのメディア側の主張であると勘違いをするのはやむを得ないだろう。実際、中国当局の「借り船戦略」は、信憑性の獲得を狙っていると考えられる。
中国のこうした戦略は、学術的にも裏付けられたものである。世論はメディアに影響を受けやすく、冷戦やベトナム戦争に関する報道は世論を大きく動かした。そして、メディアに影響された世論に影響を受けるのが政府であることは、広く認識されている。また、米国メディアに重きを置くことにも大きな意義がある。特にニューヨーク・タイムズに関しては、米国の著名ジャーナリストによれば、世界の報道の議題を設定する役割を果たしており、他のメディアは、ニューヨーク・タイムズが取り上げるニュースを見て、自紙の議題を設定して報道するとも言われる。
こうした世論とメディアの構造に鑑みても、政府を味方につけるために、まずは世論づくりに勤しむという中国のやり方は、非常に計算高く戦略的といえよう。
日本にも進出し始めた「チャイナ・ウォッチ」
いまや米国を中心に世界展開される中国のプロパガンダ・キャンペーン。日本への影響が気になるところである。
実は2016年から、毎日新聞においても、「チャイナ・ウォッチ」が掲載され始めた。例えば、昨年11月の同紙における「チャイナ・ウォッチ」は、「盛り上がるウィンター観光」との見出しに、ウイグル自治区を「日本・韓国・スイスに並ぶウィンター観光地」として2022年北京冬季五輪までに整備するという内容を紹介した。中国は、米国を始め、世界中から非難される中国のウイグル族への弾圧を、視点を変え、魅力的な地として宣伝・発信していると見られる。
ガーディアンによれば、米国や欧州では、中国はその一国における複数の新聞メディアに資金を投じ「広告」を織り交ぜているが、日本に対しては、現時点では毎日新聞一社に絞られている。
一方、米国においては、米国の東海岸から西海岸までの有力メディアを押さえていることからも、中国が全米メディアを重視していることは明白である。全米の「広告」掲載部数をすべて足しても、毎日新聞の方が多いが、部数の多少が中国の関心の大きさと比例するとは限らない。米国は日本と比較しても新聞自体の発行部数が極端に少なく、とりわけ日本は一般家庭への新聞の普及率が欧米と比較しても高いからだ。
しかし、「チャイナ・ウォッチ」の日本進出には、中国なりの狙いがあると見られる。それが、日米離反であろう。米国の対中圧力が強まるにつれ、米国の同盟国である日本を米国から切り離すことが、中国にとって重要になったと考えられる
日米間の認識ギャップが浮き彫りに
筆者の経験に基づけば、2012年9月に米国において「尖閣諸島は中国に帰属する」との「チャイナ・ウォッチ」の折り込みが出回っていた頃、米国の大学でも、尖閣諸島をめぐる日中対立が講義で取り上げられていた。講義の中では、中国当局が「広告」の中で使用した尖閣諸島の写真が使われ、大きな階段教室の一番奥にある巨大スクリーンにパワーポイントで映し出された。
「アジアではこんな小さな岩のような島を巡って対立している国もある」といった内容で、尖閣諸島を巡る日中対立について講義が行われたが、概要の紹介のみで、なんともあっさりと終わったことに違和感を覚えた。同盟国である米国でも、大学などでは日本の立場が支持されているわけではないのだ。
まさに、尖閣諸島をめぐる日中対立の最中、日本では一部ネットなどで中国叩きもあり、政府や外務省も対応に追われていたが、リアルタイムで目にし、耳で聞いた米国の反応や立場は、日本とは大きな温度差があるように感じられた。
現地でも感じたが、米国の認識と、日本の危機感との間のギャップがあまりにも大きすぎる。「チャイナ・ウォッチ」に関しても、以前、筆者がワシントンにあるシンクタンクの一部職員にインタビューしたところ、「あんなものは誰も真面目に読まない。ちゃんとみんなプロパガンダとわかっている。もちろん、田舎の方に行けば、そんなことも知らずに目を通す市民もいるが……。ここ(ワシントン)では目を通して捨てる、あるいは目を通す前に捨てるだけだ」と苦笑していた。
「みんな」とはどの範囲を指すかは不明だが、少なくともワシントンの中では一定の警戒感は出てきているということだろう。それがトランプ政権になって、中国に対する不信感や警戒感が増大しているから、なおさらだ。
今こそ、危機意識をもて
しかし、日本はどうだろう。いったい何人の日本人が「チャイナ・ウォッチ」の存在や、中国の世論工作が日本でも展開され始めたことを、認識しているのだろうか。
情報通信技術の発展とインターネットの普及により、情報は偏り、操作され、視聴者や読み手は自らの嗜好に沿ったニュースだけが選択されて供給されていることに気付かないという状況が起こっている。「フェイクニュース」までもが出回り、実際に米国大統領選に影響を与えたとまで言われるようにになった。
日本国内においては、「チャイナ・ウォッチ」の存在や役割自体を知っている国民もそう多くない。そうした中、「広告」を目にしたらどうだろう。「借り船戦略」にまんまと引っかかり、信じてしまうかもしれない。日本政府としては、「これは歴とした中国の世論工作だ」と、毅然と対応し相手にもしないという対応策が賢明かもしれないが、そもそも「広告」の存在や中国のPD事態を知らない国民にとっては、信じるか信じないかは、自分次第となってしまっている状況なのだ。
「危機管理」。この言葉が、日本のPDを考えるとき、いつも頭に浮かぶ。国家としての危機管理はもとより、国民一人一人の意識改革も必要となっているのではないだろうか。情報が飛び交う中で、一方向のみに偏ることなく、あらゆる視点で情報を汲み取り、正しく情報を判断する力を養う努力は、決して難しいことではないはずだ。中国のシャープパワーの矛先が日本に向いたとき、国家としての対応も必要だが、我々国民一人一人がそれをどう受け止め、どう対応するか。我々自身も、しっかりとした対応が必要である。
*後編へ続く
■修正履歴:3ページについて、ガーディアンのデータに間違いがある可能性が判明したため、「チャイナ・ウォッチ」の部数等、修正致しました(2018/04/24 21:30 編集部)