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さよならをおしえて① 映画『blur :Live At Wembley Stadium』


別れというのは、とかく難しいものである。
ある日突然、死が訪れる場合を除き、特に愛した人との別れはなおさらだ。なぜ別れなければならないのか。その理由は様々だが、恐らく大抵の場合、本当に嫌いにならないために、あるいは、完全に失ってしまう前に別れを決めるのではないか。そう思うのは、きっと私だけではないはずだ。

あなたが、私の大好きなあなたでいるうちに。
私が、あなたの愛してくれた私でいるうちに――。
少しばかりナルシスティックかもしれないが、ひとつの愛が終わるのだから、それくらいは許してほしい。

映画『blur: Live At Wembley Stadium』について書き始めようとしたが、ふと、このライブの直前に発表された最新シングルのタイトルが「The Narcissist」だったことを思い出した。

ナルキッソスの神話になぞらえ、鏡を覗き込むシーンから始まるこの曲は、すでに幾千ものステージライトに照らされながら、最後のステージへと向かう彼ら自身を描いているようにも思える。

2023年7月26・27日に開催されたウェンブリー・スタジアム公演に至るまで、彼らは数本のウォームアップ・ギグを行い、6月にはスペインの〈プリマヴェーラ・サウンド〉を皮切りに、ヨーロッパの主要フェスでヘッドライナーを務めた。

特に、5月に英国の5都市で行われた最大5000人規模のウォームアップ・ギグは、そのプレミア感もさることながら、各会場のセットリストに驚かされた。初日となる5月19日のコルチェスター公演では、バンド史上初めて“Villa Rosie”が演奏された。

21日のイーストホーン公演では、20年ぶりに“Coping”が演奏され、28日のニューカッスル公演では“Bank Holiday”が1998年以来、久々に披露された。他にも、“Chemical World”や“Oily Water”、“Bedhead”、“Luminous”、“Colin Zeal”、“Sunday Sunday”など、かなりのレア曲が日替わりでセットリストに組み込まれた。そして、いずれの曲も1回か2回の演奏を経て、再びセットから外されている。

この数日間のセットリストを見て感じるのは、彼らが自らの楽曲に注ぐ慈しみだ。ずっと弾くことがなかった、そして、もう二度と演奏することのない曲たち。

それを一つひとつ思い出し、拾い上げ、もう一度だけ戯れるように。そして、一つひとつの楽曲とステージの上で別れを告げながら、彼らはゆっくりとウェンブリーという舞台へと歩みを進めていったのではないか。そう考えるのは、あまりに感傷的だろうか。

しかし、『blur: To The End』に記録された、約2年間にわたる彼らの慌ただしくも穏やかな〈終わり〉への準備の日々――つまり、ウェンブリー・スタジアムへ向かう姿を目の当たりにした後では、私の妄想もあながち的外れではないのではないかと思う。

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唐沢真佐子 / Masako Karasawa
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