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崇高なものを求めて

すでに大金持ちや司教区司祭を
越えるような権威を持つに至ったガウディ
でしたが、それにしてはあまりにも不釣り合いな外見になっていきました。

「芸術は崇高なものであるから、それに携わる人間は(崇高との)バランスを取るため、苦しさ、もしくは貧しさを伴うべきである。」

粗末な服装をしていたことが、事故後の緊急手術の道を閉ざし、死を招いたのかもしれません。
1914年に聖堂のためにのみ生きるという宣言をして以来、ガウディは禁欲的な生活に徹します。
もちろんのことタバコや酒は飲みません。持病のリウマチのこともあり、菜食主義となり、朝食は
取らず、昼食は生野菜一皿、コップ一杯の牛乳、
そしてデザートの果物のみですので、「常に空腹を覚え、食卓で満腹になることはない。」となります。そのため、ポケットにアーモンドなどを忍ばせ、散歩などで空腹に耐えられなくなると
それを食します。服装はいつも同じ、着られなくなると、古着を買ってきてもらう。周りのものが耐えかねて新調してもらうこともありました。下着をつけず、靴下も履かなくなります。

どう考えても、ガウディは、外面から見れば、
貧者に違いありません。しかし、誰もこのガウディを貧しいとは思わないでしょう。誰もが、
ここに豊かなガウディを見るでしょう。もちろん、金銭や物資による豊かさではありません。
心の豊かさ、精神の喜び、働き生きていることの
楽しさ、生活の充実さ、人生の安心さ、をみているに違いありません。

1914年以来、外見からは貧者にしか見えない
ガウディ、しかしこうしたガウディになり得たのは、それ以前に絶対的な権威者になっていたからに他なりません。

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