建築の短寿命化と持続可能性:島嶼環境における多角的視点からの文献レビュー
以下DeepResearchを行った個人的なアーカイブ
1. 建築学的視点:島嶼環境における建築生産と短寿命化
島嶼ならではの建築生産の特異性:
島嶼地域では資源や技術、人材の制約から、本土とは異なる建築生産の特徴が見られます。例えば小笠原諸島では、住宅建設コストが内地(本土)の2倍以上と報告されており、限られた資材流通と高額な輸送費が住宅供給の大きな障壁となっています (untitled) (untitled)。その結果、公営住宅の比率が非常に高く、民間の持ち家や賃貸住宅が少ない独特の住宅市場が形成されています (untitled)。施工体制にも制約があり、専門工事業者が不足しているため、島内業者が職人を直雇用したり、本土から専門業者を呼ぶ例も見られます (untitled)。資源循環の面では、島内で生じた建築廃材の処理や再利用も課題で、狭い土地で埋立地の確保が難しい分、建築物を計画的に解体・再資源化する必要性が高まります。
建築の短寿命化とロングライフ化の課題:
島嶼環境では過酷な自然条件(強風・高湿・塩害など)や資材劣化の早さから、建築物の寿命が短くなりがちです。日本全体を見ても、住宅の平均寿命が約30年程度と指摘されており (長期優良住宅の全貌 - 持続可能性と顧客へのメリット)、特に戦後の大量建築期に建てられた住宅は老朽化が早い傾向があります (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily)。島嶼部でも木造住宅が数十年で建て替えられるケースが多く、“スクラップ・アンド・ビルド”による短周期の建替えが資源浪費や文化的景観の喪失を招いてきました。例えば日本の住宅市場では、新築偏重のため築30年を超える住宅は資産価値がほぼゼロと見なされ、土地ごと更地にして再築する慣行があります (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily)。これは耐久性不足や度重なる建築基準法改正(耐震基準の強化等)による既存住宅の陳腐化も一因とされます (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily)。一方で、こうした短寿命化に対抗しロングライフ住宅への転換を図る動きもあります。日本政府は2000年代後半に「200年住宅ビジョン」を掲げ、2009年には長期優良住宅法を施行して、長寿命・高性能な住宅を普及させようとしました (長期優良住宅の全貌 - 持続可能性と顧客へのメリット)。長期優良住宅は従来30年程度の寿命しかない日本住宅を、100年(3世代)使い続けることを目標としており (長期優良住宅の全貌 - 持続可能性と顧客へのメリット)、住宅ローン減税や税制優遇によってハウスメーカー各社もロングライフ住宅戦略を打ち出しています。積水ハウスなど大手は「グリーンファーストゼロ」住宅や長寿命住宅モデルを提案し、社会的にも中古住宅流通の活性化や建替えサイクルの長期化による環境負荷低減が期待されています。
解体・再利用を前提とした循環型建築:
建築学の分野では、建物を**「使い捨て」**にせず循環利用するデザイン手法が注目されています。Design for Disassembly(解体再利用設計)の考え方では、建物が寿命を迎えた際に容易に分解でき、部材を再利用・リサイクルしやすいよう計画することが重視されています (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。具体的には、ボルト接合やユニット化によって構造体を非破壊で解体可能にしたり、再生木材やリサイクル材の積極活用、そして有害でない天然素材の使用などにより、建築のサーキュラーエコノミーを実現しようとするものです (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。欧米の事例では古い倉庫や工場をロフトやオフィスに転用する適応再利用(Adaptive Reuse)が成功例として挙げられています (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。また、プレハブ工法・モジュール工法により部材を工場生産して現地で組み立てる技術も、品質向上と工期短縮に加え、解体・移設を容易にする利点があります (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。日本や島嶼地域においても、古民家の部材を他所で再活用する動きや、仮設住宅を転用する試みなど、循環型建築の萌芽的事例がみられます。例えば沖縄県石垣島では古い赤瓦屋根を収集して公共施設に再利用したり、鹿児島県奄美大島では伝統的高倉(土蔵)を解体修理して資料館に移築するなど、リユース可能な建材の保存活用が図られています。建築学的視点からは、こうした循環志向の手法が離島の資源循環・廃棄物削減に有効であり、短命な建築を前提としつつも部材レベルでロングライフ化を果たす戦略と言えます (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。
地産地消の建築資材と持続可能性: 島嶼では輸送コスト削減や文化的アイデンティティの観点から、地産地消の建材利用も重要なテーマです。例えば木造建築では島内の森林資源を活用する取り組みが各地にあります。沖縄諸島では琉球松など地元の木材が伝統的に住宅に用いられてきましたが、シロアリ被害や資源量の問題もあり、現在は本土材に依存する部分もあります。一方、南西諸島や太平洋の珊瑚礁の島々では珊瑚石灰岩が特色ある建材です。沖縄の琉球石灰岩はサンゴや貝殻が堆積してできた多孔質の石で、古くから石垣や石畳、民家の基礎・塀などに利用されてきました (琉球石灰岩調|スタンプトラバーチン・サンゴ - 株式会社 未来アート)。その風合いは沖縄らしい景観を形成するとともに、現代でも内装・外装材として注目されます ([PDF] 琉球石灰岩 - 県産石材等 - 沖縄県)。ただし石灰岩は塩分を含みやすく鉄筋コンクリート材には不向きな側面もあり、補強や防水処理といった技術的課題があります。竹材も持続可能なローカル資源として注目されています。インドネシア・バリ島では竹を構造材とした建築が近年見直されており、現地のIbuku社による竹造のグリーンスクールや住宅群はその象徴です (Building with bamboo: In Bali, designer, Elora Hardy, shares her tips ...)。竹は生長が早く炭素を多く固定するエコ素材でありながら、適切に処理すれば耐朽性・耐虫性も高まり、さらには弾力性によって台風や地震にも強靭な構造を作り得るとされています (Sustainable architecture: Building with bamboo - IMM Cologne)。日本でも歴史的に竹小舞下地の土壁や茅葺(かやぶき)屋根など竹・草を活用した建築文化がありますが、耐久性維持のため定期的な葺き替え等メンテナンスが不可欠でした。現在、持続可能性の観点から再評価される地元資材としては他に、火山島では火山灰を固めたブロックや、サンゴを焼成した石灰を使った伝統的しっくい壁なども挙げられます ([PDF] 琉球石灰岩 - 県産石材等 - 沖縄県) (琉球石灰岩調|スタンプトラバーチン・サンゴ - 株式会社 未来アート)。地産地消の材料は輸送エネルギーを削減し地域経済に貢献する利点がありますが、同時に資源の過剰採取による環境影響には注意が必要です。持続可能な形で島の素材を使い、現代技術で弱点を補うことが、島嶼建築の寿命延長と文化継承の両立に寄与すると文献は示唆しています。
2. 文化人類学的視点:島嶼の住文化と「儚さ」の思想
「よるべなさ」の文化的概念と建築: 日本やアジアの島嶼文化には、「よるべなさ」(拠り所の無さ、流動的で頼るものがない状態)という概念で表される独特の世界観があります。この言葉は民俗学者・柳田國男が島々の生活を論じる中で用いた表現とも言われ、島の暮らしの不安定さや外部要因による変転の激しさを示唆します。柳田國男の『海上の道』では、「島の文化の変転が根こそぎであって、古い生活の痕跡の踏み消されやすいこと」を指摘しており、島では伝統的な生活痕跡すらも容易に消え去ってしまうと述べています (柳田国男 海上の道 - 青空文庫)。この「痕跡の踏み消されやすさ」こそ、島民の感じるよるべなさ=永続する基盤がない感覚に通じています。実際、離島では台風や高潮で村ごと流されたり、歴史的にも移住や強制疎開(例:小笠原やトカラ列島など)でコミュニティが分断される経験がありました。そのため、「定住地ですら仮の宿に過ぎない」という意識が文化に根付いていると指摘する研究者もいます。このような世界観は住居観にも反映し、常住ではなく一時的な避難所としての家屋観念や、必要に応じて住まいを移し替える柔軟性となって表現されます。沖縄のことわざに「家は三回建ててやっと満足する」とあるように(それだけ建替えが前提になっているという含意)、島嶼の住まいには可変性や一代限りといった捉え方が見られます。この文化的背景から、建築の短寿命化を単に否定的に捉えるのではなく、人生や世代のサイクルに寄り添った住まいとして肯定的に受け止める価値観も存在します。
島嶼部における住文化の変遷:
島々の住居形式や生活スタイルは、近現代にかけて大きく変化してきました。沖永良部島や沖縄では、伝統的には高床式の高倉や木造平屋、茅葺き・赤瓦の屋根を持つ住宅が一般的でしたが、20世紀後半になるとコンクリートブロック造やプレハブ住宅の普及が進みました ( DAMAGE TO HOUSES AND STRUCTURES CAUSED BY "OKINOERABU TYPHOON" | CiNii Research )。これは度重なる台風被害や戦災からの復興で耐久性を求めた結果でもあります。沖永良部島では1977年の「沖永良部台風」で木造家屋の約4分の1が全壊、さらに4分の1が半壊する甚大な被害を受けました ( DAMAGE TO HOUSES AND STRUCTURES CAUSED BY "OKINOERABU TYPHOON" | CiNii Research )。この経験から、防風性の高いRC造住宅への建替えが促進され、島民の住まいは伝統的木造からコンクリート主流へと転換しています。また沖縄本島でも、戦前の木造瓦葺の民家が戦後急速に姿を消し、今では鉄筋コンクリート造の家屋が標準となりました。ただしコンクリート化により住宅寿命が劇的に延びたかというと、一概にそうとも言えません。塩害や鉄筋腐食の問題から、沖縄県内では建築後数十年で老朽化するコンクリート建築も多く報告されています。結果的に**「戦前は台風で家を建て替え、戦後は寿命で建て替える」**というように、形態は変われど短寿命サイクル自体は継続している面があるのです。
他の島々も住文化の変遷は顕著です。小笠原諸島では、復帰後に入植者へ供給された公的住宅(プレハブ系)が老朽化し、現在は順次建替えが計画されています (untitled)。独特なのは民間主導の住宅建設が少なく、島の住宅ストックの多くを行政が管理してきた歴史で、これは島の経済基盤や土地制度の影響もあります。台湾の離島や沿岸部でも、日本統治時代の木造家屋から戦後のコンクリート家屋への移行がありましたが、近年は古民家の保存やリノベーションも見直されています。例えば台湾本島では伝統的な三合院(コの字型平屋)を再生利用する動きも出ており、それは島嶼地域でも文化観光資源として古い住まいの価値再発見に繋がっています。インドネシアのバリ島では、一族で暮らすコンパウンド形式の住居が伝統ですが、こちらもコンクリートブロックの利用が増え、一方で観光客向けヴィラでは竹や木を用いたエコ志向建築も増加しています。総じて、島嶼の住文化はグローバル化や災害リスク、経済要因によってダイナミックに変遷しており、その中で伝統と近代的利便性の折衷が模索されていると言えます。
日本の伝統建築における「儚い建築」の思想: 日本文化全般に通じる無常観(もののあはれ)は、建築にも「儚さ」「仮の宿」の思想として現れています。鎌倉時代の随筆『方丈記』(鴨長明)には「ゆく河の流れは絶えずして…世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」と記され、人生も住まいも流転して定まらないものだと説かれています。まさに人と住居は浮き草の如く(浮巣のように)儚い存在であり、永遠不変ではないという価値観です。この浮巣の比喩は、日本人の住まい観を象徴するものとして後世の建築論にも影響を与えました。例えば伊勢神宮は20年に一度建て替える式年遷宮を1300年も続けていますが、その背景には「物質としての建築は朽ちるが、その場所性と形式は連綿と受け継ぐ」という独自の永続性の捉え方があります (The Eternal Ephemeral Architecture of Shikinen Sengu: The Japanese Temple Rebuilt Every 20 Years | ArchDaily)。伊勢神宮の社殿はヒノキ材の素木造りで地面に直接柱を立てるため、雨風で劣化し数十年で建て替えが必要になりますが、それを繰り返すことで永遠性を担保するという発想です (The Eternal Ephemeral Architecture of Shikinen Sengu: The Japanese Temple Rebuilt Every 20 Years | ArchDaily)。この「永遠の仮設」というべき伝統は、日本の他の神社仏閣の遷宮・再建や、大工技能の世代継承にも通じています (The Eternal Ephemeral Architecture of Shikinen Sengu: The Japanese Temple Rebuilt Every 20 Years | ArchDaily)。住宅に目を向ければ、江戸時代の町家も定期的な建て替えや大規模修繕が前提でしたし、明治以降も災害後の復興住宅では仮設と恒久の曖昧な中間形態が多く見られました。阪神淡路大震災や東日本大震災の仮設住宅でも、当初2年の予定がそれ以上使われる例があり、「仮の棲まいが半恒久化」する現象は現代にもあります。文化人類学的視点では、こうした一時性を受容する思想こそ日本の建築文化の奥底にあり、島嶼部の短寿命建築もその延長線上で理解できると論じられます (柳田国男 海上の道 - 青空文庫)。逆に言えば、儚いことを前提に折り合いをつける知恵(例えば住宅を過度に凝りすぎず必要最小限とする、災害時にはコミュニティで建て直す協同作業の伝統など)が育まれてきたとも言えるでしょう。現代の持続可能性論の文脈では、伝統的な「壊れても建て直せるしなやかさ」や「身の丈の小住宅志向」は、環境負荷軽減や地域循環型社会のヒントになると評価する声もあります。すなわち儚い建築を前提とした文化そのものが、一種のサステナブルな適応戦略であった可能性が示唆されるのです。
3. 地球科学的視点:自然環境と建築寿命の関係
プレート境界と島嶼の地質・気象要因:
島嶼の多くはプレート境界域に位置し、火山活動や地震が活発な地域です。日本列島から台湾、インドネシアに至る環太平洋火山帯では、地殻変動がダイナミックで地震リスクが常に存在します (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。例えば台湾中部を直撃した1999年の集集地震(M7.6)では、約10,000棟の建物が倒壊不可となり7,500棟が半壊する甚大な被害を出しました (Taiwan earthquake of 1999 | Magnitude 7.6, Aftershocks, Destruction | Britannica)。同様にインドネシアの島嶼も2004年のスマトラ沖地震や2018年のスラウェシ島地震など大震災に見舞われ、多くの建築物が崩壊しています。これらの地殻活動は一夜にして建築ストックの寿命を断つ極端な要因ですが、加えて島嶼では気象的要因も深刻です。熱帯・亜熱帯の島々では毎年のように台風・ハリケーンに晒されます。強風による屋根の吹き飛び、高潮による浸水、土砂災害などが建築に物理的ダメージを与え、しばしば大規模修繕や建替えを余儀なくされます。沖永良部島を襲った1977年の台風(沖永良部台風)では、木造住宅の25%が完全倒壊し、鉄骨造やRC造ですら強風や飛来物で深刻な損傷を受けたと報告されています ( DAMAGE TO HOUSES AND STRUCTURES CAUSED BY "OKINOERABU TYPHOON" | CiNii Research )。島嶼では本土に比べ建築基準の周知や施工体制が不十分な場合もあり、同程度の風害でも被害が大きくなりやすいという指摘もあります (沖永良部台風による建築構造物の被害について | 文献情報 - J-Global)。また台風の頻発は建物の累積劣化も早めます。繰り返し受ける暴風雨により外壁や防水層が傷み、少しずつ構造にダメージが蓄積して耐久性を損なうのです。
塩害が建築寿命に与える影響:
島嶼環境で見落とせないのが海洋性気候特有の塩害です。海に囲まれた島では常に微細な塩分を含む潮風が吹き付け、建築素材の腐食を進行させます。とりわけ鉄を使った建材(釘・金物・鉄筋など)は錆(酸化)による劣化が避けられません。文献によれば、熱帯島嶼の環境は島の内陸部であっても大気中の塩分濃度が高く、極めて腐食性の高い環境とされています (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。金属材料は高い腐食速度にさらされ、結果として建築部材のサービスライフ(使用可能年数)の短縮、維持コストの増大、外観劣化などの問題が顕在化します (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。特に鉄筋コンクリート造の場合、コンクリート内部に塩分が浸透すると鉄筋が錆びて膨張し、コンクリートを内部から破壊する塩害爆裂を引き起こします。沖縄などではこの塩害で建物の寿命が大幅に縮まるケースが多く、適切なかぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)や防錆処理を怠った戦後直後のRC建築は、築30年前後でひび割れ・剥離が進行して建替えに至った例もあります。塩害対策としては、防錆塗料の塗布やステンレス・耐候性鋼材の採用、コンクリートに混和剤を加えて緻密化するなどの手法がありますが、完全に腐食を止めることは難しく、定期的な補修が不可欠です (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。また木造でも、金物接合部の錆や、塩分で含水率が上がることで木材が腐りやすくなる問題があります。島嶼建築の維持管理に関する研究では、屋根や外壁の塗装周期を本土より短く設定するべきだとか、沿岸部ではコンクリートの設計基準強度を上げるべきだといった提言もなされています。総じて、塩害は静かな建物寿命短縮要因であり、島嶼環境におけるサステナブル建築を考える上で無視できないポイントです。
耐候性・耐震性に関する地域比較研究:
島嶼地域ごとの建築物の耐候・耐震性能について、いくつか比較研究がなされています。沖永良部島を含む南西諸島では、戦後に建てられたRC造住宅群の老朽化調査が行われ、本土同年代の建築に比べ劣化進行が早い傾向が報告されました。塩害に加え、紫外線や高温多湿といった要因が素材劣化を促進しているためです。同じ亜熱帯でも台湾では1999年の大地震以降、建築基準が強化され新築の耐震性が飛躍的に向上しました (How Taiwan minimized earthquake damage - The Week)。その結果、新しい建物は大地震でも倒壊しにくくなり、寿命も延びると期待されています。一方で古い建物は耐震補強が進まず、依然として地震時に倒壊リスクが高く短命です。インドネシアでは、伝統的な高床式木造(例えばトラディショナルなバリの家屋やトラジャのトンコナンなど)は地震に柔軟に対応できる反面、火災や虫害で損耗しやすいという調査結果があります。また、現代のレンガ造や無筋コンクリート造の建物は地震に脆弱で、スマトラ島のある村では30年の間に中規模地震で何度も修復を繰り返した家屋が多いことが確認されています。これに対し、耐震補強技術(壁体へのメッシュ補強や基礎補強)が導入された家屋は被害が軽微で済み、長持ちしているケースも出てきました。台風常襲のフィリピンやカリブ海諸国では、ハリケーン・プルーフの家として屋根形状を流線型にしたり開口部を小さくする設計が奨励され、そうした改良を施した住宅は10年以上台風に耐え続けている例も報告されています。さらに地球科学の視点からは、気候変動によるリスク増大も懸念されています。海面上昇やスーパー台風の頻発によって、島嶼建築はこれまで以上に過酷な環境に置かれる可能性があります。持続可能な建築を議論する際には、最新の気候モデルを踏まえて将来の自然要因まで考慮した設計・計画が求められており、各国政府や研究機関がガイドライン策定に乗り出しています (Facility Designers Guide for Tropical Islands) (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。例えばアメリカ領の島々向けには「熱帯島嶼のための施設設計ガイド」が作成され、洪水や地震への対策、将来的な気候変動適応まで網羅した設計基準が提示されています (Facility Designers Guide for Tropical Islands) (Facility Designers Guide for Tropical Islands)。このように、地球科学的見地から得られた知見は、島嶼建築のレジリエンス強化と寿命延長に直結する重要な情報として、政策と実務の両面で活用が進められています。
4. 経済・社会学的視点:建築ライフサイクルと社会経済システム
建築ライフサイクルと資本主義経済:
建築物の寿命や建替えサイクルは、経済システムとも深く関わっています。資本主義経済下では、新築需要を喚起することが経済成長に寄与するため、住宅が短命で次々と建替えられる方が市場が活性化する側面があります。特に日本の住宅市場は、新築志向が強く中古住宅流通が低調なため、住宅は「消費財」に近い扱いです (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily) (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily)。住宅金融支援機構などの融資制度も新築取得を優遇し、中古やリフォームへの支援が弱かったことがこの傾向を助長しました。その結果、多くの人が一生に一度は新築住宅を建て(あるいは買い)、子世代には資産として残さず取り壊すというライフサイクルが一般化しました。経済学者や社会学者は、この「スクラップ・アンド・ビルド」を資本主義的循環の一部と捉え、建築廃棄物の大量発生や居住者の愛着の希薄化といった問題点を指摘しています (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily)。一方で長寿命の建築が増えると、新築需要は減り建設業のボリュームも縮小するため、産業構造の転換が必要になります。例えば欧米では築100年以上の建物が珍しくなく中古市場が成熟していますが、日本が同様の長寿命社会に移行するには、ストック型経済への転換と制度整備が不可欠です。島嶼地域では本土以上に経済規模が小さく、建設業の維持のために公共工事や建替え需要が重要な収入源となっている現実があります。そのため意図的に短いスパンで公共施設を更新するような政策も一部で行われてきました。しかし近年は財政制約や環境配慮から、できるだけ既存ストックを長持ちさせ有効活用する方向に舵が切られつつあります。経済・社会学的視点からは、建築の寿命問題は単なる技術課題ではなく、経済政策・産業利害・住文化が絡む複合的な現象であることが強調されています。
ハウスメーカーのロングライフ住宅戦略と社会的影響:
日本の大手ハウスメーカーは、前述の長期優良住宅制度の後押しもあり、近年はロングライフ住宅を前面に打ち出すマーケティングを展開しています。例えば積水ハウスは「シャーウッド」など耐久性木造住宅や、60年長期サポート付きの家を売りにしていますし、トヨタホームは躯体60年保証を掲げています。大和ハウスやパナソニックホームズ(旧パナホーム)も次世代まで住み継ぐ家をコンセプトに据えるなど、各社が長寿命化技術(耐震・耐久素材・劣化対策)を競っています。これらの戦略の社会的影響として、一つは住宅の資産価値の捉え方の変化があります。メーカー保証や長期優良認定を受けた住宅は、中古でも品質が担保されやすく、徐々にですが中古市場で評価されるようになっています ([PDF] 長期優良住宅普及促進法の成立と課題 - 参議院)。制度的にも住宅履歴情報(いわゆる家のカルテ)を蓄積し、リフォームやメンテを適切に行えば長く住めるという認識が広まりつつあります。またハウスメーカー各社は解体時の廃材リサイクル率向上やゼロエネルギー住宅の推進など、サステナブル建築企業としてのブランディングも図っています。もっとも、長寿命住宅を実現してしまうと将来的な新築需要減少で企業の飯のタネが減るというジレンマも抱えており、各社は海外展開やリフォーム事業へのシフトなどビジネスモデルの転換を模索しています。社会的には、長持ちする家が普及することにより世代間の住宅継承が復活しうる点も注目されます。戦後日本では親の家を子が受け継ぐケースは少なくなりましたが、住宅に価値が残れば相続して住み続ける動機にもなります。空き家問題の緩和や居住福祉の向上にもつながる可能性があり、政府も長期優良住宅を地域の資産として活用するモデル事業を各地で試行しています。総じてハウスメーカー主導のロングライフ戦略は、未だ市場全体から見れば主流とは言えないものの、人々の意識と住宅市場の構造に徐々に変化を及ぼしつつあります (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily) ([PDF] 長期優良住宅普及促進法の成立と課題 - 参議院)。
島嶼地域における建築コストと資材流通モデル:
離島の建築経済は、本土とは異なる構造を持っています。まず建設資材の調達面では、島内で生産される資材が限られるため、大半を外部からの持ち込みに依存します (離島でも:土木工事における地産地消 - MBクラッシャー)。例えば小笠原諸島では、主要な建材は定期船やチャーター船で本土から運ばれますが、船便の運航間隔や積載制限があるため、一度に大量の資材をストックすることが難しい状況です ([PDF] 小笠原諸島の自立的発展に向けた住宅建設コスト低減方策の検討)。輸送費・荷役費が建設コストに上乗せされるため、前述の通り建築費用自体が内地の倍以上になるケースもあります (untitled)。その上、職人の人件費も島内では割増しとなります(離島手当的な費用や、島内滞在の宿泊費などが必要なため) (島嶼経費の割り増しって? - 建築設備フォーラム)。こうしたコスト構造から、島でマイホームを建てるハードルは高く、人口流出の一因にもなり得ます。そこで近年注目されるのが、地元資源の活用と流通モデルの工夫です。例えば一部の離島では、島内で出る石材や廃コンクリートを破砕して骨材に再利用することで、本土からの砂利・砕石調達量を減らす試みが報告されています (離島が抱える悩み:資材調達 - MB CRUSHER)。またプレハブ住宅など工場生産率の高い住宅を導入すれば、現地施工を減らして職人渡航コストを抑えられる可能性があります。社会学的な調査では、島民自身が互助的に住宅建設を行う相互扶助システムも見られ、金銭だけでなくコミュニティ資本でコストを補う事例も指摘されています。資材流通に関しては、行政が共同購入・一括搬入するスキームや、建設現場間で余剰資材を融通し合うネットワークづくりなど、限られたリソースを有効活用するモデルも模索されています。島嶼経済の文脈では、サーキュラーエコノミーの概念を取り入れ、島内循環型の資材調達・建築産業を育てることが持続可能性につながると期待されます (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling) (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling)。例えばソロモン諸島ではJICAの調査で、自島産出の木材や石材を用い簡素でも長持ちする学校建築を住民参加で建てるプロジェクトが試みられています ([PDF] ソロモン諸島国の建設事情)。そこでは輸入建材に頼らず現地でメンテ可能な技術移転を行うことで、将来的な維持管理コストも低減する狙いがあります。総じて、島嶼における建築の経済モデルは「高コスト・外部依存」から「低コスト・内部循環」への転換がキーワードとなっており、各国で政策支援やパイロット事業が進められている状況です。
おわりに:島嶼建築の持続可能性に向けて
以上、建築学・文化人類学・地球科学・経済社会学の4つの視点から、島嶼環境における建築の短寿命化と持続可能性に関する文献知見を概観しました。島という特異な環境において建築物のライフサイクルを延ばすことは、一筋縄ではいかない複雑な課題であることが浮かび上がります。過酷な自然条件や歴史的・文化的背景により短命化しがちな島嶼の建築ですが、その一方で柔軟な適応力や循環利用の知恵も蓄積されてきました。今後の研究・実践においては、伝統的な知見と最新技術を融合させ、島嶼ならではのサステナブル建築モデルを構築していくことが求められています。それは単に建物を長持ちさせるだけでなく、コミュニティや文化の持続性も包含したアプローチとなるでしょう。島嶼建築の研究は、多方面の協働によってこそ深化し得る分野であり、本レビューがその一助となれば幸いです。
参考文献(抜粋):
Architectural Institute of Japan, 学術講演梗概集(島嶼の建築生産に関する研究シリーズ), 1983.
Britannica, "Taiwan earthquake of 1999" (Taiwan earthquake of 1999 | Magnitude 7.6, Aftershocks, Destruction | Britannica).
Helena Tourinho, “The Eternal Ephemeral Architecture of Shikinen Sengu...”, ArchDaily, 2023 (The Eternal Ephemeral Architecture of Shikinen Sengu: The Japanese Temple Rebuilt Every 20 Years | ArchDaily).
Kaley Overstreet, “Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years”, ArchDaily, 2022 (Built to Not Last: The Japanese Trend of Replacing Homes Every 30 Years | ArchDaily).
CiNii Research, “DAMAGE TO HOUSES AND STRUCTURES CAUSED BY ‘OKINOERABU TYPHOON’” (Kagoshima Univ.), 1978 ( DAMAGE TO HOUSES AND STRUCTURES CAUSED BY "OKINOERABU TYPHOON" | CiNii Research ).
MIRAI HOMEコラム 「長期優良住宅の全貌|持続可能性と顧客へのメリット」2024 (長期優良住宅の全貌 - 持続可能性と顧客へのメリット).
U.S. Dept. of Interior, Facility Designers Guide for Tropical Islands, 2022 (Facility Designers Guide for Tropical Islands).
Injarch Blog, “Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse...”, 2024 (Circular Economy in Architecture: Designing Buildings for Reuse and Recycling).
その他、日本建築学会論文,国交省資料,民俗学・人類学文献、各種調査報告書。 (柳田国男 海上の道 - 青空文庫) (untitled)など。