AIによって修行の場がなくなる時代、若手が打席に立つ方法

私は最近、議事録作成をAIに任せるようになりました。業務効率化の観点からは素晴らしい進歩です。しかし同時に、あることが気になり始めています。

「これまで議事録は若手の重要な修行の場だったのではないか?」

会議の中で誰が何を話し、どこが重要なポイントなのか。上司からフィードバックをもらいながら、ビジネスパーソンとしての基礎を学ぶ。そんな「修行の場」が、AIによって失われようとしているのです。

本記事では、この課題について深掘りしながら、若手がAI時代を生き抜くためのヒントを考えていきます。

なぜAI時代は若手にとって「茨の道」となるのか

「修行の場」が失われる構造的な理由

AIの進化によって、これまで若手が担っていた多くの業務が自動化されつつあります。

例えば、先ほどの議事録。1時間の会議の記録を若手社員に任せると、人件費として数万円のコストがかかっていました。しかし今では、録音データをAIに入力すれば、わずか数十円のAPI利用料で30秒以内に議事録が完成します。

経営者の立場に立てば、選択は明らかでしょう。しかしここで見落としてはいけないのは、その「非効率」な作業の中にあった「学びの機会」です。

私自身、若手時代に数えきれないほどの議事録を作成しました。最初は「何を書けばいいのかわからない」状態でしたが、上司から「この発言の真意は○○だから、そこを掘り下げて」「この部分は結論として重要だから、詳しく書いて」といったフィードバックを受けながら、ビジネスの要点を押さえる力を養いました。

このように、一見は非効率に見える作業の中に、実は重要な学びの機会が埋め込まれていたのです。

「投資対象」として見込まれないと修行ができない

さらに深刻なのは、企業が「育成対象とする若手」を絞り始めている点です。

ある大手コンサルティングファームでは、すでに新卒採用を大幅に削減する方針を打ち出しています。背景には「AI活用で少数精鋭での運営が可能になった」という判断があるでしょう。

これは、次のような状況を生み出します:

  • よほど優秀だと判断された人材以外は、「投資対象」として見てもらえない

  • 最初の採用段階で振り落とされれば、そもそも修行の機会すら得られない

  • かつてのように「地道な作業を重ねながら頭角を現す」というルートが失われる

なぜAI時代こそ「修行」が重要なのか

ここで興味深いパラドックスが生じています。

AIを効果的に活用するには「どういう指示を出せばよいか」「出力された結果の質をどう見極めるか」という判断力が不可欠です。そして、この判断力は、まさに地道な作業経験の中で培われるものなのです。

つまり:

  • AI活用には実務経験に基づく判断力が必要

  • しかしAIの導入によって、その判断力を養う機会が失われる

  • その結果、本当の意味でAIを使いこなせる人材が育ちにくくなる

という負のスパイラルに陥る可能性があるのです。

しかし、希望はある:AI時代だからこそ生まれる新たなチャンス

ここまで読むと、暗い気持ちになられた方も多いでしょう。しかし、AI時代は若手にとって新たなチャンスも生み出しています。

圧倒的な「試行回数」を確保できる

従来の仕事の進め方では、一つの成果物を作るのに相当な時間がかかりました。そのため、試行錯誤の機会も限られていました。

しかしAIを活用すれば:

  • 複数のバリエーションを並行して作成できる

  • 短時間で多くのフィードバックを得られる

  • 改善のサイクルを高速で回せる

例えば、プレゼン資料の作成であれば:

  1. まず自分なりの構想を練る

  2. AIに複数パターンの構成案を作らせる

  3. それぞれの案の良し悪しを検討

  4. 良いところを組み合わせて新しいバージョンを作る

  5. さらにAIと対話しながら改善を重ねる

というように、従来の10倍以上のスピードで試行錯誤が可能になります。

業務の全体像を俯瞰する力が身につく

AIに適切な指示を出すためには、業務プロセス全体を明確に理解し、構造化する必要があります。

例えば「市場調査をしてほしい」という漠然とした指示では、AIは適切な結果を返せません。以下のように分解する必要があります:

  • どんな市場の、どんな側面を調べたいのか

  • どんなデータソースを参照すべきか

  • どのような切り口で分析すべきか

  • 結果をどのような形式でまとめるべきか

この作業を繰り返すことで、自然と「業務を構造化して捉える視点」が身につきます。これは、どんな仕事にも応用できる重要なスキルとなります。

変化の時代を生き抜くための実践的アプローチ

ここまで述べてきた課題に対して、若手はどのように対応していけばよいのでしょうか。AI時代を生き抜くために必要となる2つの重要なアプローチを提示したいと思います。

主体的な成長機会の創出

まず重要なのは、「誰かが機会をくれる」のを待つのではなく、自ら価値を生み出していく姿勢です。私が新卒で入社したリクルートのかつての社訓

自ら機会を創り出し機会によって自らを変えよ

リクルート創業者・江副浩正

が今だからこそより一層響きます。

「修行の場」が失われつつある時代において、この「主体性」は特に重要な意味を持ちます。具体的には、以下の2つの実践が有効です。

第一に、「難しくてめんどくさい仕事」への立候補です。目に見えてチャンスだと誰もが思う仕事には、当然その仕事にありつくための競争も激しくなります。一方、「難しくてめんどくさい仕事」は誰もやりたがりません。しかし、後から振り返って「これは勉強になった、チャンスだった」と思うのは、だいたいこういった仕事なのです。こういった仕事に積極的に立候補する事、そしてその仕事をAIを活用して効率的に進める事で死なずにサバイブする事が重要です。

第二に、「行動ファースト」から「学習ファースト」への発想の転換です。ただでさえ修行の場が減っていく中、一つ一つの仕事を成長機会と捉え、貪欲に学びを得る姿勢が必要です。目の前の仕事を素早くこなすことよりも、「この仕事からどのような学びが得られるか」を先に考える。このような姿勢の転換が、AI時代における主体的な成長には不可欠です。逆に、成長もやりがいも評価も得られないクソ仕事からは全力で逃げてください。「難しくてめんどくさい仕事」の中にはほんとに難しくてめんどくさいだけのクソ仕事もそれなりにあるので、それを見極める事も重要になってきます。

人間ならではの価値の創出

AIの台頭により、むしろ人間ならではの価値の重要性が増しています。ここでは2つの重要な領域に注目したいと思います。

第一に、「EQ(感情知性)」の重要性です。ChatGPTのo1 proモデルがIQ130を突破したとも言われ、これは人間が単純なIQでビジネスの世界で勝負することの限界を示唆しています。

そもそも、ビジネスは完全な論理的合理性によってシステマチックに決まるものではありません。部門間の対立やステークホルダー間の認識の違いなど、複雑な人間関係の中でその都度落としどころを探っていく必要があります。これは単なる論理的な解決だけでなく、関係者の感情や組織の文化的背景までを考慮に入れた、高度な調整能力を意味します。「この人と仕事をすると元気が出る」「不思議とやってみようと思える」と周囲に思わせる力、いい意味で空気を読む力といった、IQでは説明のつかない力が、今後ますます重要になってくるのです。

第二に、「外れ値」での勝負です。ChatGPTをはじめとする生成AIは、大量のデータから導き出される典型的な解答、つまり「中央値的な正解」を提示することに長けています。そのため人間が中央値で勝負するのは得策ではなく、外れ値で勝負を仕掛ける必要があります。

ただし、求められるのは単なる奇抜さではありません。一見すると意外性があるものの、よく考えてみると確かにその通りだと思える。あるいは、これまで誰も気づかなかった切り口だが、指摘されてみれば明らかに有効なアプローチだと納得できる。そのような、統計的な予測からは外れながらも、本質的な価値を持つアイデアを生み出すことこそが、人間に求められる役割なのです。

これら2つのアプローチは、互いに補完し合う関係にあります。主体的に困難な仕事に取り組むことで、EQや創造的な思考力は磨かれていきます。そして、それらの能力が高まることで、より価値の高い仕事に挑戦する機会も増えていく。このような好循環を生み出すことが、AI時代を生き抜くための実践的アプローチとなるのです。

組織に求められる新しい育成の視点

ここまで、AI時代における若手人材の育成課題について述べてきました。では、組織としてはどのようなアプローチが可能なのでしょうか。単純な効率化だけを追求するのではなく、効率化と育成を両立させる新しいモデルが必要です。

効率化の中に育成機会を組み込む

単純な効率化は、長期的には組織の競争力を損なう可能性があります。AIツールを使いこなせる「即戦力」は採用できたとしても、組織や業界特有の文脈を理解し、適切な判断を下せる人材は、実務経験を通じてしか育成できないためです。

そのため、AIによる自動化を進めながらも、人間による検証や判断のプロセスを意図的に設計することが重要です。例えば、AIの出力に対する人間による検証プロセスを必須とする、判断の根拠や理由を言語化する機会を設けるなど、「考える機会」を意図的に作り出すことが必要です。

構造化された学習環境の設計

従来の「見て覚える」式のOJTは、AI時代には必ずしも適していません。AIを活用した業務プロセスにおいては、むしろ以下のような要素を組み込んだ、構造化された学習環境が求められます:

・AIの判断と人間の判断を比較検討する機会の設定 ・判断の根拠や思考プロセスを言語化する習慣づけ ・ベテランの持つ暗黙知を形式知化する仕組み ・想定外の事態への対応力を養う訓練機会の確保

また、評価の仕組みも、単なる業務の効率化だけでなく、「想定外の問題への対応力」「チームへの価値提供」といった、より本質的な観点を重視する必要があります。

長期的な競争力を見据えた投資判断

効率化と育成のバランスをどう取るかは、経営者にとって難しい判断です。しかし、人材育成を単なる「コスト」ではなく「投資」として捉え直すことで、新しい可能性が見えてきます。

特に重要なのは、業務の自動化によって失われる可能性のある暗黙知や経験値を特定し、それらを意図的に継承・発展させる仕組みを作ることです。これは単なる感傷的な判断ではなく、組織の持続可能性に関わる重要な経営判断です。

AI時代だからこそ、人間の判断力や創造性、対人スキルはより重要になります。効率化を推進しながらも、これらの能力を育む機会を意図的に設計することが、組織には求められているのです。

おわりに:AI時代を生き抜くために

確かに、AI時代は若手にとって厳しい環境をもたらす可能性があります。しかし、それは同時に「従来の常識や序列を覆す」チャンスでもあるのです。

重要なのは、受け身の姿勢を捨て、主体的に機会を作り出していく態度です。AIという新しい「同僚」とうまく付き合いながら、人間にしかできない価値を提供していく。そんな覚悟と行動力が、これからの時代を生き抜くカギとなるでしょう。

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