
アル中のケチャップの正しい使い方(A)
失禁と古銭
小学校3,4年の時はよく母親と喧嘩をしていた。
お酒を飲んで壊れる母親を認めるわけにはいかなかった。
一緒に外出するとどこでも泥酔するまで酒を飲み、人に絡んだり、大声をあげたり、とにかく恥ずかしい思いを何度もしていた。
当然、酒の入った状態で母親と出かけたくなくなる。
大好きだったが、恥ずかしい親というのは子供にとってかなりのストレスになる。
このコラムは、ある荒廃した家庭に挑んだ、1人の青年の記録である。新宿に生まれ育った無垢な小学生時代に、アルコール依存症とバイセクシャルという特異な両親に囲まれ、酩酊した母親と強制的に初体験をさせられ、その後30年近くに渡り自身もアルコール依存症に苦しみ、その中で設けた我が子との絆を通じ、寛解するまでと、その原動力となった信頼と愛を余すところなく完全実話で書き下ろしたものである。
病気が進行すると失禁をする。
それも気にせず、オシッコを垂れ流したまま、酒を求めて商店街を徘徊する事もあった。近所の酒屋に古銭で酒を買ってきた事もあった。申し訳なさそうに酒屋のママがその古銭をオレに返しにきて、これ受け取れないから、返しておいてとオレの両手にそっと置いて帰っていった。
今もその酒屋の前を通ると古銭を思い出す。
そしてその古銭は母親の形見のように大事に取ってある。
現金商売の母親の財布は常に現代の金が入っていたが、全て酒に使い、無くなると歌舞伎町の屋台でいろんなものを売っていたに違いない。
酒飲みは見栄っ張りも多い。
大盤振る舞いをするタイプ。
母親もそうだった。
子分のように連れていた女の人達も何人かいた時期もあって、全ておごりで立ち回っていたと思う。自分もそうだったが、
人生のコントロールが効かない迷惑をかける時間を多く過ごしていると、どこかで帳尻を合わせたくなり、埋め合わせをするかのように周りに優しく接したりする。
母親も同じようにやっていたと思う。基本的に優しく面倒見が良いのだが、酒でやられた脳は長所も取り除いてしまう。
肉汁の抜け切ったカチカチ
月に何回か週末に近所の焼肉屋へ家族3人で出かけることがあったが、決まって夫婦喧嘩が始まる。
2人とも酒を飲んで、お互いをまくし立てる。
何を話していたか覚えていないが、本当にくだらない話を永遠にしていた。当然つまらないオレは黙って店内に流れているテレビを眺めている時間が長かった。テレビから流れるアニメは現実離れし過ぎていて目の前の現実を遠ざけるほどのパワーを持ち合わせていなかった。ヤッターマンとか、タイガーマスクとか。孤児院をサポートするタイガーマスクにこの環境の救済をお願いしたいぐらいだった。
話し相手になる兄弟が欲しいと思ったのもその頃だ。
一人っ子は逃げ場がなく、大人の会話をダイレクトに受けなきゃならない。
それか現実逃避だ。
母親の病気も進行してきた時、いつものように外食すると父親に言われ行きたくないと断った事がある。
オレの冷たい返事を聞いた父親は、
「外食を嫌いな子なんて珍しいねー」
と不機嫌そうに気遣いのない言葉をぶつけてきた。
外食をつまらなくさせているのはお前ら夫婦だ。酒を飲んで毎回喧嘩して、仲良く話す時間がほとんどない焼肉なんて楽しいはずがない。
学校の事を聞かれる訳でもなく、将来の夢を語る事もなく、旅行の計画を話すわけでもない。生活全般からくるストレスと将来の不安からくる下世話な罵り合いが永遠に続くだけだ。
そして、その時間を象徴するかのように喧嘩の時に焼く安い肉は、焼いている事を忘れ去られ、肉汁の抜け切ったカチカチが大量にできあがる。
大事なモノを抜き取られたかのように寂しく取り皿に永久放置されていた。
大人になってその事を父親に話したが、
そうだったの?
って他人事のように呟いていた。
アル中のケチャップの正しい使い方(B)につづく
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