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016 相手に寄り添おうとして燃え尽きる

あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。他者の期待など、満たす必要はないのです。

【書籍】「嫌われる勇気」【著】岸見 一郎 、 古賀 史健

016 相手に寄り添おうとして燃え尽きる

NVCをシェアするようになってからしばらくの間、私は多くの人に共感を提供すること、そして、トラウマなどの痛みがある人に寄り添うことを自分に無意識に強要していました。

福岡市内で、共感トランプで、簡単な共感を体験して帰ってもらう会を、月に1回実施していた時期があります。

時間として2年ほどでしょうか

多くの人は、その場で共感の面白さを体験し、満足して帰ってくれているように思えました。

一方で、時折、心の痛みを抱えて参加してくれる人もいました。(私にはそう見えた)

すると、私の中で、「何とかして、力になりたい。決して見捨てることなく寄り添わねば」と言う声が発動するのです。

最初に提供し始めたのは、メッセンジャー・インスタでのフリータイム対応です。
夜の0時過ぎに相談が寄せられる・・・・すると、すぐに何かお返事を書く、また相談が来てやり取りが夜更けまで続く・・・なんてこともありました。

仕事の途中、相談が寄せられたら、昼休みを無しにして、Zoomで繋がったりもしました。

やがて、その対応が喜びよりも、疲労を生むようになったのです。

いわゆる燃え尽き症候群です。

なぜ私は自動的に献身してしまうのか?
深く自己共感していくと、「私がケアしなければ人が死んでしまう」という恐れと出会いました。

これは子育て中に身に着けた「トラウマ的な信条」でした。
今も時々発動しますが、私の意識が注意してるため、以前よりも早く自然な位置に戻れますし、脅迫的な観念にはなっていません。

ちなみに「信条」が発動するときに、最近、私が自分に言い聞かせていることがあります。

・その人のニーズは100%私なしで、その人自身で満たすことができる。
・その人のニーズの(応答)責任を持とうとしない。

人はそれぞれ、その人生の流れに応じて、悩み事やトラブルと出会います。
悩み事やトラブルにどう応答するかは、その人の選択なのです。
その人の人生は、100%その人のものなのです。

その人の命を信頼する。手伝おう・助けようと無理に介入しない。

同時に、私は、その人の横に共感とともに居ることを選択できるし、嫌なときは選択しないこともできる。

すべての命を、私の命を信頼する。

練習の日々です。

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まさ@有吉正樹
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