森の出口のモンゴルエーデルワイスと花畑
幻想的なモンゴルエーデルワイス
気温などの気候条件が同じとしたら、その他の環境で植物にもっとも影響を持つのが「日照」であろう。
大自然テレルジの悠久の森を抜け、再び小川を飛び越えれば、そこには陽の光が遮られる森の中とは全く違う植物たちが見えてくる。
小川を上った斜面に咲くのは、美しい「エーデルワイス」だ。
日本では「ウスユキソウ」と呼ばれるが、高山地域に行かないと見れないかなりレアな植物。しかしここモンゴルでは、陽が降り注ぐ草原のあちらこちらに幻想的な花を咲かせている風景を見ることができる。
モンゴルでは「ツァガン・トウール」と呼ばれ、炎症や腫れを抑える薬草として使われてきた。
モンゴルの人と話をしていると、良い意味で男性は男性らしく、女性は女性らしく、という感覚が残っているように感じる。
男は逞しく、馬に乗って、力仕事をし、危険な仕事も引き受ける。そうすれば落馬も含め、怪我をするリスクも高まるというわけだ。
そんな”男の仕事”の中で起きる怪我の内出血や頭のコブなどに、ツァガン・トウールは特効薬として使われたという。
さらにユニークな有用法として、”この花のエキスを入れたパッドを靴底に敷くと低血圧症の人の状態が良くなる”といった民間療法も伝わっている。
香り高いモンゴルセージとモンゴルのソーセージ文化の関係
小川の土手から今回宿泊しているゲルの方に進むと、陽射しが全開となり、数十種類のハーブの花畑になる。
その中で、まるで紫の花を茎に串刺しにしたような姿で、草原では比較的背が高い、ひと際目立つ植物が目についた。
ハッキリと四角形が感じられる茎、葉の上を囲むような花の付き方、そして香り高い対生の鋸歯縁の葉から、シソ科の仲間であることが判る。
モンゴル名では「バルツート」と呼ばれ、広義において、西洋ハーブとして有名な「セージ」の仲間である。
セージと言えば、その語源にもなった肉料理「ソーセージ」に使うハーブ。
そして肉食文化のモンゴルにも当然の如く、ソーセージ文化は存在する。
遊牧民の伝統食としての羊の腸詰で、モンゴル語では”血を詰めた腸”という意味の「ツォトガスン・ゲデス」と呼ばれる。
ところでモンゴルでは、羊を捌くのも、屈強な男たちの仕事。
そしてその際、”母たる草原には一滴も血を落とさないこと”が、厳粛な決まりとなっている。
彼らは独特の知恵を使った伝統の手法で、解体の際に流れる血の全てを羊の胸腔に落としていき、それをバケツなどの容器に素早く移し替えるのだ。
神聖なる草原を汚さないモンゴルの羊の捌き方
なお羊を捌く時間、女性は草原に出てはならず、ゲルの中で待機していなくてはならない。
女性たちは、運ばれてくる捌きたての羊の小腸の内容物を、鮮やかな手つきでしごき出す。そして続けて運ばれてくる容器に入れられた血液を、素早くその中に詰め、ソーセージを作っていく。
しかしながらその際、ゲルの前や草原にいくらでも生えているバルツート(モンゴルセージ)を使う風習は無い。
モンゴルの羊はもともと草原に生えるハーブ類を食べているので、調理の際の臭み消しは必要ないのかもしれない・・と思ったりもする。
なおこのバルツートはソーセージには使われないが、モンゴルやチベット伝統医学において、乳腺炎やリウマチなどの女性の病気に重宝されてきたという。
印象深いアロマを持つ「ノコギリソウ」
ゲルの周りの花畑には香り高いハーブが数多く生えている。
そこで多数勢力を占めるのが、世界においても最大数の種を持つといわれる、キク科のグループである。
その中の「アズリン・トロゴブス(モンゴル名)」は、紫がかった小さな白い花を茎先に密集し、葉にはα-ピネンやリモネンなど、豊富なアロマ成分を含む。
日本では「ノコギリソウ」と呼ばれ、標高1000m以上の場所で見られる高山植物。葉の縁が文字通りノコギリのような形をしていることが、その名の由来である。
ヨーロッパでは万能薬草として重宝され、ラテン語の学名「Achillea(アキレア)」は、ギリシャ神話の伝説の英雄のアキレスが傷を癒す際に使ったことが語源とされる。
モンゴルでは全草または根を乾燥させたものを、長引く発熱の治療薬として使われてきたという。
カラマツの森から草原に繋がるエリアには、今回紹介した植物以外にも、香り高く、また日本と共通する多くの薬草やハーブが見られた。
そのうちの一つで、モンゴルではもっとも神聖なハーブとして知られる「ガンガー(イブキジャコウソウ)」については、次回の「モンゴルシャーマンとハーブ」の稿で詳しく紹介していく。
とってもレアなモンゴルの原始宗教文化のお話と共にお届けする次回記事を、どうぞお楽しみに!
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