MDM(マスタデータマネジメント)市場トレンドの概説
下記は3つの調査会社によるMDM市場規模予測を比較したものです。
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上記のように異なる調査会社による市場規模推計には一定の幅があるものの、いずれの報告もMDM市場が今後数年から10年程度にわたって、2桁台の年平均成長率で拡大を続けるとの見通しを示しています。これは、データガバナンス・品質確保や、DX、クラウド活用がビジネス競争力を左右する中で、組織が信頼できるマスタデータへのニーズを強く抱いていることを裏づけるものです。これからグローバル、日本国内のMDM市場とそのトレンド、および今後の見通しについて、解説していきます。
1. グローバルにおけるMDMの位置づけと市場規模の拡大要因
デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速
近年、企業が顧客中心型のビジネスモデルへ移行し、グローバル規模でのDX推進が加速しています。これに伴い、企業の基幹データ(顧客データ、製品データ、サプライヤーデータ、ロケーションデータなど)を一元的に管理・統制し、ビジネス全体で活用するMDMの需要が増加しています。MDMは単なるデータ品質・精度管理の手段だけでなく、ビジネス価値創出の基盤として捉えられています。
クラウド化・SaaS型の普及
従来のMDMはオンプレミスでの導入が多く、導入・運用コストが大きかったものの、近年はクラウドインフラの成熟とSaaS型のMDMソリューションが増加しています。これにより、中堅・中小企業でも導入ハードルが下がり、グローバル市場においてMDMの普及が加速しています。また、クラウドネイティブなMDMはスケーラビリティやアップデートの容易さ、他のSaaS系アプリケーションとの迅速な統合が可能となり、市場拡大に寄与しています。
マルチドメインMDM・拡張性の強化
従来、MDMは特定のドメイン(顧客、製品など)ごとに導入されがちでしたが、近年はマルチドメイン型へのニーズが高まっています。異なる領域のマスタデータを統合的に管理することで、組織横断的なデータ利活用が促されます。また、データカタログやデータガバナンスとの統合、DQM(Data Quality Management)、メタデータ管理などの領域とのシームレスな連携を求める声も高まり、MDMプラットフォームはより高度で拡張的なエコシステムの中核として位置づけられています。
データガバナンスおよびコンプライアンス強化要件
世界的なデータプライバシー規制(GDPR、CCPAなど)の強化により、整合性のある最新データを確保し、統制された方法で各国のコンプライアンスに適応する必要性が高まっています。MDMは正確で更新性の高いマスタデータを提供し、コンプライアンスリスク低減やトレーサビリティ確保に貢献します。こうした規制強化もグローバルMDM市場拡大の背景となっています。
ベンダー動向
グローバルではInformatica、SAP、IBM、Oracle、Stibo Systems、Reltioなどの主要MDMベンダーが高度な機能とAI/MLを活用したデータクレンジング・マッチング技術、クラウドネイティブなアーキテクチャを打ち出し、新興プレイヤーも含めて競争が激化しています。AIを活用した自動データクレンジングやマッピング、拡張分析機能の提供など、付加価値競争も市場成長を後押ししています。ここでGartnerのマーケットシェア分析結果(※)を引用すると、2023年にマスターデータ管理(MDM)ソフトウェア市場は8.4%の成長を記録しました。この成長をけん引したのは主にReltio(30.0%増)とStibo Systems(17.7%増)で、両社は収益を大幅に拡大しました。一方、市場全体ではInformaticaが大きな収益減(市場シェア3%相当)を被ったことで前年からは減速が見られます。Informaticaは依然として市場でトップ3ベンダーの一角を占めていますが、ReltioとStibo Systemsが急速に台頭しているため、今後この地位を維持することは難しいと考えています。売上高ベースのトップ3ベンダー(SAP、Informatica、IBM)は、現在市場の43%を占めており、トップ3にReltio、Stibo Systems、Preciselyを加えたトップ6ベンダーでは66%に達します。そのため、市場成長はこれらベンダーによる影響を大きく受けています。
※Gartner Market Share Analysis: Data Management Software (Excluding DBMS), Worldwide, 2023,22 July 2024 - ID G00808468
2. 日本におけるMDM市場の特徴とトレンド
市場成熟度の違い
海外市場と比較すると、日本のMDM導入はやや遅れていた時期がありました。その背景には、従来から堅牢なERPシステム(SAPがその代表格)が整備されており、そこに紐づくマスタデータ管理体制がある程度機能していたことや、データ管理への投資意欲がグローバル企業ほど強くなかったことが挙げられます。しかし近年では、国内企業もグローバル進出やサプライチェーンの国際化、顧客エクスペリエンス向上に向けたDX推進により、データ基盤整備の重要性を再認識し、MDMの需要が緩やかに増加しています。
データガバナンスへの関心の高まり
日本企業でも個人情報保護法改正や各種データガバナンス関連規制・ガイドラインが強化され、内部統制やデータ利活用の透明性確保が求められています。この流れの中でMDMは、単なる技術導入ではなく、データガバナンス強化のための重要な基盤として位置づけられ、情報システム部門だけでなく経営層の理解を得やすくなっています。
DX推進と既存システム統合ニーズ
日本企業のDX推進は加速しており、ビッグデータ、AI、アナリティクス基盤の構築が進められています。こうした高度な分析・活用を支えるためには、精度の高いマスタデータが欠かせません。また、レガシーシステムからの脱却に際して、ERPやCRM、PLM(製品ライフサイクル管理)など、様々な既存システムを統合的に束ねるためにもMDMが求められています。国内市場では海外ベンダーだけでなく、NEC、日立、富士通など国内ITベンダーが独自のMDMソリューションを提供し、既存システムとの親和性や日本企業特有の業務慣行への対応を強みとする傾向が見られます。
特定業種向けMDMニーズ
日本では自動車、ハイテク製造、医薬品、流通・小売といった業種別に特化したMDMソリューションやテンプレートが求められています。製造業では複雑な部品表(BOM)管理やサプライヤー情報管理(特にサプライヤー連携)、流通業では商品マスタや在庫マスタの整合性、医薬品業界では薬事法規制対応やトレーサビリティ確保など、業界固有の要件に応えるためのMDM拡張が重視されています。しかしながら、主要なMDMベンダーがそれに応えようとする動きがまだまだ活発ではない(=本気度が見えてない)と思っています。
3. 今後の見通し
グローバルおよび日本市場ともに、MDMはより包括的なデータマネジメント戦略の一部として重要度が増しています。今後は以下の点が注目されています。
AI・機械学習との連携強化:データクレンジング、重複排除、エンリッチメントにAIを活用し、MDMの自動化・精度向上を図る。
DataOpsやDevOpsとの組み合わせ:データ供給プロセスの継続的改善、迅速な反復開発を支えるため、MDMを含んだデータパイプライン構築のニーズが高まる。
ユーザーエクスペリエンス強化:ビジネスユーザーが容易にマスタデータを検索・管理できるUIやセルフサービス機能が求められる。
規制強化対応:日本においても個人情報保護やデータ活用ガイドライン厳格化が進む中、法令準拠を容易に実現する機能が更に重要視される。
業界に特化したテンプレート:顧客MDM、商品MDMのリファレンスデータモデル、ヘルスケア・ライフサイエンス業界向けの法規制対応などのテンプレートがMDMベンダーの差別化を図る。
まとめると、グローバルではマルチドメイン化やクラウド化、AIの活用が主なトレンドであり、市場は依然として拡大基調にあります。日本では、規制・ガバナンス強化やDX推進がMDM導入の後押しとなり、海外ベンダーと国内ベンダーがそれぞれの強みを活かしながら市場を形成しています。MDMは単なるシステム導入ではなく、企業のデータ戦略やガバナンス能力を底上げする要として、今後ますますその存在感が増していくと考えています。