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和音

いつもなら部活がない日はサッカーのこと忘れて、自転車で買い物に出かけたり、音楽を聴いて過ごすのだが、今日に限ってはどれもやる気が出なかった。竜也から「飯いかん?」と誘われたけどそれも断った。

竜也は同じサッカー部の同級生で、先日大学のサッカー部のコーチからスカウトを受けていた。
勝手にライバル意識を持っていた俺は、正直いうとちょっと嫉妬した。
いやもっと正直にいうと今は会いたくない。

「よっちゃんもおるけど?ファミレスで勉強中」と連投でメッセージが来た。なんかそれも「お前と同レベルのよっちゃんもおるで」という意味に聞こえて腹が立った。冷静に考えたら、竜也はそんなこと言うやつではないけど、ちょっと今は余裕がない。

よっちゃんは陸上部で1年から3年までクラスが一緒だった。早々と春の記録会で引退を決めて今は受験に専念している。今日も塾の合間に竜也と合流して、昼の休憩をしてるんだろうなと思った。

なんでよっちゃんは竜也と一緒にいられるんだよ。
進路選択が現実味を一気に帯びるこの時期、俺は自分の度量の狭さみたいなものを感じてモヤモヤしていた。

そしてその心のモヤモヤを爆発させたのはきっと新しい担任のせいだ。

物理担当の木森はなんというか正義感の強い教師だった。
「みんな知ってると思うけど、改めまして担任の木森です。受験も部活も頑張って、最高の一年、そして何より最高のクラスにしような」
もとい。正義感が強いというよりは、めんどくさい。
「最高のクラス」という時代遅れの言葉を聞いてうんざりした。まあこんな話も今年で最後だと思って、ゆっくり息を吐いて心を落ち着かせた。

木森の「最高のクラス」宣言を聞いて改めて思ったのが、俺は"クラス"って単位に全然ピンとこない。それって担任のエゴじゃないかなって思う。
自分以外にも違和感を持った人も多いに違いない。いや、そうあってくれ。

「クラス」には俺みたいに楽に指定校で進学先を決めることを狙っている人や、受験まで必死に勉強するよっちゃんみたいな人もいる。それに達也のように特殊な才能で既に進路を決めた人もいる。

自分は竜也を羨むのはもちろん、受験組の頑張って勉強する姿を見て焦りというか、後ろめたさを感じると思う。

かといって「勉強しなきゃ」ってほど熱意も湧いてこないくせに、「もし全力で受験してたら、俺だってもう1ランク上の学校に行けたのかな」というモヤモヤを抱えていくと思う。口には出さないだろうけど。

ベットでもやもや考えながらiPhoneでGarageBandを開く。でたらめに音を並べてから再生を押してみた。
最近YouTubeで見た動画で、ピアノのコード進行を扱った動画を見た。少し音楽でも勉強してみようかとも思っているけどこれだってたぶん一過性の現実逃避だろうなと、始まる前にちょっと冷めている。
でもバンドマンの大学生ってなんかモテそうだし、でも「めんどくさい」が勝っちゃうのが俺だ。

鍵盤を見ながら、一個飛ばしだと結構いい音鳴るのにな。と思った。
まだ全然初歩的なことすら理解していないが、「コードの音は基本一個とばし」とYouTubeで紹介されていた内容が、たまたま頭の引き出しの奥の方にあった。
一番簡単なCコードなら確か「ド ミ ソ」 試しに画面をタップすると爽やかで落ち着く音が鳴った。

なんか同級生の頑張りは、自分には近すぎて、ちょっと生なましすぎて、和音にはならないだろうな。
「ド」の竜也と「レ」の俺と「ミ」のよっちゃん。
ドレミを同時に押すと、「ガーン」といった感じの音が出た。

もっと大人になったら、互いの影響度が下がって気にならなくなって再開した三人は「ドミソ」になって、いい感じの和音になれるんだろうか。

そのまま音楽の脳みそで、俺が「ソ」になるにはと考えたけど、やっぱりめんどくさくなって寝た。

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