「良い子ちゃん」の爆買い
5万円のスニーカーを買った。
「5万あれば、化粧品めっちゃ買えるじゃん」と紗希に言われたけど、そんなことはどうでもいいのだ。
しがない大学生には分不相応だということもわかっている。
これで今月の私のバイト代の約半分が消えた。
でも、これでいい。このために節約だってしてきた。
箱の上でまだ値札のついたオニツカタイガーの新作は、アパートの部屋で異彩を放っていた。
スーパーで買ったお米を炊いて、その上から生卵を割って食べる。
前までは結構外食もしていたけれど、スニーカーのためにそれもやめた。友達からの誘いも適度に断るようにしている。それでだんだん疎遠になる子もいるけど、私はこれでいい。控えめの食事だってダイエットも兼ねてるし。
大学の講義にもちゃんと出ている。今まで単位を落としたことはない。まあ、商学部は他の学部に比べて楽だなんて言われることもあるけど、それでも何もしないで単位が取れるわけじゃない。
毎回の課題は期日より前に提出しているし、授業中はいつ指名されてもいいように、メモをとりながらも話はきちんと聞くようにしている。
夜はボート部のマネジャーとして選手の食事を作ったり、タイムを整理したり、献身的に働いている。
全てが良い子だから、「いい子ちゃん」私についたあだ名だ。
「ほんと欲ないよねー」と同期に言われるたび、いいことなのか自分では自信が持てずにいた。
それって多分いいように見えて、生きがいがないのにちょっと似てる。
でも、梅田の茶屋町のオニツカタイガーの店でその靴を見た時から、どうしてもそれが欲しくて頭から離れなかった。
それが嬉しかった。
自分の中にも抑え難い欲望というか、衝動があることがとても嬉しかった。
今日、試着で履かせてもらって、「やっぱりこの靴だ」と何に比べてやっぱりなのかわからないけれど、自分の中で確かな感触があった。
「この新作は半年前に出て、ゴアテックスの加工もされてますし、、、」
細身の男性の店員さんが商品の説明をしてくれていたけれど、私にとってはそんなことはどうでもよかった。
カタログを見て吟味したのではない。あの日、この街の、あの棚に、とんと置いてあるこの靴が欲しくてたまらなくなったのだ。
会計を済ませて、外に出ると体が熱っていて、春の夜の涼しい風が心地いい。いつも狂ったように勝つために漕いでいる漕手や、アイドルグループや俳優に熱を上げる同期を見て、自分にはそんなピュアで力強い欲望はないんだなーと、安心と物悲しさの混じった気持ちをうっすらと感じながら生きてきた。
でも私の中にも、「どうしても」という欲があった。このスニーカーはその証なんだ。
物欲でもいいじゃないか。そのために必死に生活を変えて、手に入れるために行動してきたのだ。
体を鍛えるという行為の方がなんとなく清潔で徳が高いように思うけど、そんなことどうでもいいのだ。
それはたまたまその人の中に眠っていたのが、体を鍛えてボートで一番になりたいというだけのことで。
私の場合は靴が欲しかった。そしてその靴を今日手に入れた。気分がいい。それでいい。
私にも身勝手な、好きとか欲しいとかがちゃんとある。
そういうものは死ぬ気でこれからも守るのだ。
そしてこの靴を数日間寝かせるようなことはしない。
明日から早速履くのだ。それが次の挑戦のような気がしている。