#11 コギカジ振り返り〜未経験で記事を書いた〜 『悔しくて笑いたくて漕いでいる』
記事の中に小説を織り込んでみたい。
そう思って母校の大阪市立大学ボート部に取材の依頼をしました。
当時主将の安田選手をはじめ、シーズン中の忙しい時期に快く取材に応じてくれました。
取材の中で印象的だったのが、みんな家からリモートで画面や音声を繋いでサーキットトレーニングなんかをやっていることでした。
自分達の頃には考えられないような大変な状況でみんなボートを続けているんだなと。
そして部活だけではなく、学生生活全般に話も及んで「就活も大変っす」と安田選手が教えてくれました。
コロナ禍でなかなか活動が思ようにできていないので、面接で語れる話も少なくて苦労しているとのこと。
部活を通して、みんな現実と戦っているんだな。と母校の後輩を思う気持ちと、取材者として貴重な話を聞いたなという思いが駆け巡りました。
そして取材を終えて程なく、僕の頭の中で妄想がモクモクと膨れ上がりました。
各自の家からリモートで繋いでサーキットをやっている
就活も大変だ。
その言葉を借りて、勝手に想像して書いた部分がこんな感じで出来上がりました。コギカジに掲載されている記事の一部を引用します。取材した安田選手の視点で話を展開しています。
*少し長いですがお付き合い頂けると嬉しいです。
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忘れないでいよう
シーズン直前のこの時期にボートに乗れない。一度しかないラストシーズンがまさかこんな形になるとは。
気持ちの整理が追いつかず、前に進めない自分がいた。でも社会のイベントだけは淡々と進んでいく。春が来て、就職活動も本格化。将来についても考えないといけない時期だろう。でも今はとにかく周りに流される格好で、就活に追われている。最近では誰かが内定を獲得したと耳にし始めるようになったが、自分は志望業界もまだはっきりとは決まっていなかった。
オンラインの説明会や面接は何度やっても慣れなかった。イベントや座談会に参加するたびに、どっと疲れだけが押し寄せた。ひとりきりで部屋のなか、慣れないスーツから着替えて、そのままオンラインで部活をする。隣人に気を配りながら、音を立てないように重りをあげたり、気配を殺して体幹トレーニングをする。「どんどん想像していたシーズンが遠ざかるな。」毎日そんなことばかり考えていた。
オンライン上での練習が始まって「じゃあ、体幹からやるでー」と、COXがタイムキーパーを務めてくれる。開始の合図があり、うつ伏せで腰を浮かせて、ひじと爪先で自分の体重を支えた。黙って姿勢を維持していると、さっきまでのオンライン面接のことがぼんやりと頭に浮かんできた。今日もあまりうまく話せなかった。
「安田さんが、学生時代に一番力を入れて取り組んでこられたことはなんですか。」
毎回この質問をされる。俗にいう”ガクチカ”というやつだ。
「今年はコロナ禍ということもあり・・・」と前置きしたエピソードでなんとか間を埋めた。自分で聞くその声は弱々しくて、面接中でもボートを漕げていない焦りが立ち込めてきた。
それから自分の部屋は電波が悪い。契約している格安Wi-Fiに期待するべくもないが、画面越しの面接官とはいつもテンポが合わないし、ひどいときには相手が完全に静止した。
面接官の話の途中で音声が突然切れて、静かになった部屋にひとりにされる。画面越しの相手と必死で会話していたさっきまでの自分が客観視されて、馬鹿馬鹿しい気持ちになった。なんでこんなこと必死にやってるんだろう。ほんとはボート漕がなきゃいけないのに。
半目を開いて不自然な表情で固まっている面接官を眺めながら、このままミーティングを切ってしまおうかと思った。そして実際にそうした。面接もあと5分で、社員側への逆質問を残すのみだった。苦労して再接続するまでもないだろう。面接官には、電話してお詫びを伝えておいた。通話を終えてすぐ、スーツ姿のまま背後の布団に寝転んだ。
できれば今は他人にボートの話なんかしたくない。でも、いまの自分からボートを差し引くと、ほとんど何も残らない。面接で自分について聞かれれば、やはりボートのことしか答えようがなかった。次の面接はいつだっけ。スケジュール管理もろくにできないのに、来年から社会人として本当に働けるだろうか。「ラスト10秒。耐えていこー。」とスマホからCOXの声が聞こえた。それで我にかえった。そうだ今は練習中だ。
それにしても、下宿の床を見ながら、体幹の姿勢を維持しているこれは、果たして体育会ボート部の活動なのだろうか。だんだんと訳が分からなくなってきている自分がいた。
「3、2、1。はい、終了ー。」タイムキーパーの声がセット終了を告げた。音割れして大音量だ。接続が悪いかと思ったら、急につながって爆音が出たりする。セットが終わり、部員たちが、あー、とか、うー、とか、思い思いの苦しそうな声を漏らしている。隣人からうるさいぞと苦情が来ないように、慌ててスマホの側面のボタンを連打し音量を下げた。手に取ったスマホの向こうに、自分と同じく汗を拭う仲間の影が見えた。「次がラスト1セットやで。もうちょっと、がんばろな」COXの声が励ましてくれる。
そういえば、「もうちょっと」なんだよなと思った。
泣いても笑っても、四六時中ボートのことを考えて生きる生活なんて、ほんとうにもうちょっとかもしれない。いやきっとそうだろう。
ボートなんて全く知らなかった大学1年の春。まさか3年後に、こんなことになるとは思ってもいなかった。当時は勧誘をしてくる先輩が、ボート競技のことを熱く語ってもよく分からなかった。それでもその「なんだかよく分からないボート」を漕いでいる先輩が、魅力的だということはわかった。はっきりとわかった。
ボート競技自体よりもボート部の人に惚れた。
入部してからここまで続けられたのは、競技の魅力以上に、部の仲間と雰囲気が好きだというのが大きい。吐きそうになるくらいきつい練習も、4時30分の起床も、そして何よりこのコロナ禍でのひたすらに耐える日々も、やはり仲間がいたから頑張れたと思う。今だって画面の向こうに映る姿がなければ、とっくに投げ出しているだろう。
「じゃあ、そろそろ最終セットいくで」COXの声にたくさんの部員が応じている。短い雄叫びをあげるもの、ふざけまじりで奇声を発しているもの、それを聞いて笑っているもの。そうだ、自分たちはまだ大丈夫だ。そして何より、「ひとりじゃない。」
離れていると、つい薄くなるその気持ちを、忘れないでいようと思った。力をもらいたい。スマホの音量を控えめにひと目盛りだけ上げる。
過ぎたことは仕方ない。他と比べることも意味はない。自分はとにかくこの部屋で、画面越しに仲間とできることをやろう。それ以外、もう考えるな。
画像は荒く、音割れだってひどい。それでも微弱な電波が、自分とボートを繋いでいた。
次の最終セット。タイムキーパーが終了を告げても、限界まで姿勢を維持しようと思った。
(コギカジ『悔しくて笑いたくて漕いでいる』より)
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『悔しくて笑いたくて漕いでいる』
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