夕方4時の笑い声
「ハアッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハァーーッ!」
平日の夕方、4:00、
近所に、大きな笑い声がこだました。
女性の声だ。
一人の声しか聞こえてこない。
いつもの「笑い声、一人前」だ。
あれ、あの人、平日もやってるんだ、
なんてふと思ってしまった。
毎週末、夕方のやっぱり4:00頃、欠かさずに、その笑い声を聞いていたからだ。
だから、週末限定だと思っていたんだけど、
平日もだったのか。普段は、平日の夕方に家にいないから知らなかったよ。
どことも特定できないけれど、近くのアパートのバルコニーで、だれかが談笑している声のようだ。
きっと軽く一杯やりながら。
初めて聞いたとき、電話だと思ったんだ。
だって、一人の声しか聞こえなかったから。
だから、「笑い声、一人前」と名付けたんだ。
でも、わざわざ、バルコニーに出て、大声で電話する人なんているのかな?
もしかして、何人かいるけど、たまたま一人だけ声が大きいのかもしれない。
いや、いつも決まった時間だからやっぱり電話かも、とあれこれ、自問自答していた。
その笑い声が始まったのは、
たしか二年前の4月か5月ごろだった。
感染拡大で厳しい規制が始まり、行動が制限されて、皆んな鬱蒼としていた時期だった。
自然を愛し、開放感を謳歌する国の人たちだ、どんなにかがっかりしたことだろう。
そんな、どんよりした日々のある日、あの
「笑い声、一人前」が届けられるようになったんだ。
最初は、誰だ、こんな時期に不謹慎じゃないか、
なんて、つまらないこと思っていたんだけど。
考えてみたら、不謹慎でもなんでもなくて、ただ、ちょっと、うるさいくらいの話しだ。
個人的にお酒を飲んで(いるかは分からないけど)会話を楽しむくらい、別にいいじゃないか。
そもそもこの国の人たちは、声が大きい。
パブなんていったら、パフォーマンスしているミュージシャンと競うかのように、声を張り上げて談笑しているんだ。
自分なんて、そんな場所ではもう話すのはあきらめて、声の波に飲み込まれて、いつもミジンコみたいに小さくなって店をあとにする。
こういう所、全く、性分に合わない。
だけど、私はこの「笑い声、一人前」がけっこう気に入ってる。お菓子みたいにクリスピーな印象だ。
それに、こんな文字にできるような笑い方、なかなか、出会えるものじゃない。
勝手に想像がすすんてしまう。
ラテン系の国の人かな、
髪は暗い褐色かもしれない。
着心地の良さそうなゆったりした服を着ている。
上を向いて、胸をゆらして、大きく笑うんだ。
身体の奥底から、ブォンと息を吐きだして。
とにかく、おもしろいことが好きなんだろうな。
きっと、彼女の話しのほとんどは意味はないだろう。
だって、少なくとも1分に一回は、あの笑いだ。
私は、こうやって楽しませてもらってる。
話しの内容を聞いているわけじゃないし、別に気も咎めない。
あの人にとっては、大笑いは、乾布摩擦みたいなものじゃないかな、毎日夕方4:00にやる。
30分くらい大笑いしたあとは、さっぱりして家に入って行くのだろう。
だとしたら、すごく健全で、健康な生き方だ。
彼女にとっても、
自分にとっても。