【特許のはなし】特許法・特許制度の基本的視座
はじめに
毎年恒例となりましたが、筑波大学ロースクールでの「知的財産法演習」の講義を開始しました。特許法と著作権法を演習形式で教えています。
時期的には、弁理士試験の口述試験も今週末のようです。
そこで、今回の記事は、特許法・特許制度の基本的な視座です。ちょっとカッコいいタイトルを付けてみましたが、単なる雑談レベルの話です。
といっても、知的財産法演習の第1回目の講義では、ある程度、時間を割いて説明する内容の一つです。
今回は、結論から。
特許法や特許制度を考える上での基本的な視座は、以下の5つです。
1.出願人・特許権者の利益
2.第三者の利益(=被疑侵害者、公益)
3.訴訟経済(=裁判所の利益)
4.行政効率(=特許庁の利益)
5.国際調和(国際ハーモナイゼーション) ※司法試験には出ないかも。
ほとんどの場合は、この1~5の利益調整により、特許法・特許制度が「現時点で、ちょど良い具合に」出来上がっています。
少しだけ解説します。
1.当事者の利益、2.第三者の利益
1、2(当事者の利益)は、主に民事法や手続法から来るものです。一般法である民法などは、基本的に、誰の利益を優先させるかの利益調整の問題ですね。
民法を学んだ方は、例えば、錯誤取消や詐欺取消やら(民法95条、96条)、当事者(売主・買主)のどっちを勝たせるのが妥当かを検討し、論じますね。ちなみに、民法だと3人以上出てくると、利益調整がややこしくなって、「試験的」になりますね。民法94条2項類推適用なんて、みんな勉強します。
会社法だと、取締役、監査役、株主など登場人物がたくさん登場するので、勉強すると、整理して勉強しないと、ちょっとカオスな感じになります(笑)。
特許法の民事法でいうと、1.特許権者側を有利に調整した規定(言い換えれば、特許権を他の権利に比べて強化した規定)が多いですよね。差止請求(100条)という大変強力な請求権が認められ(民法の不法行為の分野では、公害事件などで例外的に認められるだけです。)、特許権者の利益を図っています。特許法では侵害≒差止請求可となっていますしね(cf) 米国)。あと、法の規定にはない均等侵害もそうですね(本来は文言侵害だけですが、一定の要件の下、権利を拡張してますね。)。
特許法の手続法でいうと、最近、導入された規定として、たとえば、査証制度(特許法105条の2以下)は誰のための制度でしょうか。特許権者の利益、具体的には、侵害立証の困難さを容易にしようとした規定ですね(まだ多分発動されていないみたいですが…)。その他、損害の賠償の推定の規定もそうですし(特許法102条)、過失の推定(特許法103条)、生産方法の推定(特許法104条)、具体的態様の明示義務(特許法104条の2)もそうですね。これらは、訴訟法の一般法である民事訴訟法、つまり、原則的規定にはない、特別法ならではの規定なので、司法試験の知的財産法でも問われやすいです。
逆に、2.第三者の利益(被疑侵害者の利益、公益)を図った規定としては、民事法的には、特許無効の抗弁(104条の3第1項)、先使用による通常実施権(79条)などがあります。手続法的には、特許異議申立て(特許法113条)、特許無効審判制度(特許法123条)、条文にはない情報提供制度もありますね。これも挙げたらきりがありません。ちょっと前に話題になった不実施の場合の通常実施権の設定の裁定(83条)もそうですね。
応用的には、専用実施権者、通常実施権者、共有権者の関係の利益調整もあります。
3.訴訟経済等(裁判所の利益)
3は、訴訟法から来るものです。一般法である民事訴訟法を勉強するときは、1、2に加え3を調整します。
「裁判所の利益なんか考えるなんてけしからん。当事者の利益こそが大事だろうがぁ。」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
まぁ、確かにそうなのですが、当事者の利益を考えて、延々と主張・立証をいつまでもやらせると、裁判所の資源が足りなくなってしまいますね。たとえば、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項「…訴訟の完結を遅延させることとなると認めたとき」)は、典型ですね。二重起訴の禁止(民事訴訟法142条)もそうですが(訴訟経済に加え、裁判の矛盾・抵触の防止を図っています。これも広い意味での裁判所の利益ですね。)、更に、被告への過大な応訴負担の回避、すなわち、2.被告の(防御の)利益も同時に図っています。
特許法で言うと、例えば、特許法104条の3第2項(「前項の規定による攻撃又は防御の方法(※特許無効の抗弁)については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。」)は、訴訟経済を考慮してのことです。やはり、2.被告の防御の利益との調整ですね。
4.行政効率など(特許庁の利益)
4は、特許法から来るものです。
単一性とかシフト補正とか最後の拒絶理由通知は、そうですね。(1.出願人の利益との関係で)効率的な審査を図っています。手続法的に言えば、期間の制限等はそうですね。出願人の利益との調整で、期間の延長が認められたりすることもありますね。
5.国際協調(国際ハーモナイゼーション)
5は、民事法や民事訴訟法には(多分あまり)ない特許法独自のものです(他の法領域でも国際協調(国際ハーモナイゼーション)を考えなければならないものもありますよね。宇宙法とか)。
最近、特許出願非公開制度(もっとも、特許法での規定ではなく、経済安全保障推進法で規定されています。)が導入されましたが、これも国際協調から来たものですね(まぁ、国益を図るという側面がありますが)。
前記の日本の査証制度も、他国(米国のDiscoveryや、ドイツのInspektion、フランスのセジーなど)に比べて日本の証拠収集制度が弱かったので、国際ハーモ(のレベルまではいきませんが、それなりに)証拠収集手続きの強化を図っていますね(まだ、発動されていないようですが…しつこい?)。
三倍賠償を!なんてというのも、(2.第三者の利益との「関係で)1.権利者の利益を図るという点と、あとは、5.国際ハーモ(米国)の問題です。ちなみに、韓国では懲罰的賠償制度が導入されているのですね。
その他
よく条文の規定の解釈などをするときは、趣旨から考えたりしますよね。各条文の趣旨も、1~5から説明できます。
あとは、特許法1条(目的)、公開代償説あたりを抑えておけば良さそうです。
もっとも、特許法1条は「発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、」とあるように、前記1.権利者の利益(発明の保護、発明の奨励)と2.第三者の利益(発明の利用)を調整しようというわけですね。
公開代償説(自己の発明の詳細を公開することにより、技術の進歩や産業の発達に貢献した者に、公開の代償として一定期間発明の利用を独占する権利である特許権を与える)も、前記1(独占権の付与)と2(公開)を調整したものですね。
結局、一緒かもしれません。
あっ、3000字を超えてしまった…
最後に
おそらく、1~5の観点を持っておくと、特許法・特許制度の勉強に役立つのではないのでしょうか。
1~5の点については、ちょっと頭の中で遊んでみるとよいかもしれません。
特許制度がないとすると、1.発明者(権利者)が創作した発明を2.他人(第三者)が実施(真似)し放題で、後者(第三者)にとっては良いですが、前者(発明者(権利者))にはよくありません。発明する意欲がなくなってしまいます。「おそらくは」経済的にも(産業の発達に寄与)、特許制度を導入した方がよいということで、特許制度(出願制度)を導入してみると、1.発明者(権利者)の保護が図れます(独占権の付与ですね)。ただ、2.第三者との利益調整は必要です。さて、無審査制度にすると、4.行政効率の問題はない(行政の資源を使わない)ですが、なんでもかんでも紛争が裁判所で判断されることになると、3.訴訟経済の問題が生じます。そこで、審査制度を導入して、特許庁(行政)がある程度セレクションをします。発明は公開すれば2.第三者の利益も図れます。一方、他国との関係でスムーズであったり、魅力的であったりするために、他国の制度を見ながら、調整する必要がありますが、これが5.国際ハーモです。
なお、今回の記事では、条文の引用が多くなってしまいました。条文の引用も含め、もし間違いがあれば、すいません。責任はとれません。ご自身でご確認ください。