地元愛があれば誰でも優しく包み込んでくれる街、それが鎌倉。
前回福岡在住の時に少しだけこのアカウントで執筆活動していた。
内容があまりにも稚拙だったので、削除し、今回から僕の地元近くである鎌倉にスポットを置いて発信することにした。
主に地域社会に関する僕なりの意見や考え方をこのnoteで表現していきたい。
僕の地元は横浜市内になるが、先日横浜駅のすぐ近くで飛び降り自殺をした女性と巻き込まれた女性、2名が亡くなるという痛ましい事故が発生した。亡くなった方お二人にご冥福をお祈りします。
この女性がなぜ自殺をしたのかはもちろん不明だけど、ここ10年、20年都会を中心に、人を温かく包み込むようなコミュニティが社会から消えてしまっていると常日頃感じる。
神奈川県の調査によると自殺により亡くなった方は、1,366人(前年比+29人)で、人口10万人当たりの自殺者数である自殺死亡率は、14.8(前年比+0.3)となり、自殺死亡率は全都道府県で4番目の低くさとなっている。
僕は横浜出身ということもあり、横浜や川崎を中心に神奈川の色々な場所を見てきた。
神奈川の率直な感想を言うと、過密地域・過疎地域に関わらず排他的・閉鎖的すぎる。
特に横浜は団地がかなり多く、高齢者を中心に孤立してしまう環境が整ってしまっている。20年後、30年後は本当にディストピア化するのは間違いないと思ってしまうくらい、悲惨な状況だと僕は思っている。
それに比べて、鎌倉は多種多様な働き方・価値観・文化・宗教・人種が当たり前のように存在していて、本来日本があるべき姿が存在しているのだ。
マイノリティな人間は死んでもいいのか
まず僕の過去の話から言うと、幼少期と思春期の僕は地獄だった。
『男のくせに背が低い』『見た目が弱い』『スポーツが下手』
というだけで周囲の同級生からターゲットにされ、自分たちが都合がいい時は笑いながら嫌な事をされ、自分たちが都合が悪い時はストレス解消の道具にされてきた。
僕の学生時代はこういう目に遭遇したため、今日まで他人に対してものすごく攻撃的だった。なので人間関係を構築するのがものすごく困難で、生きづらさを常に感じていた。
今はハラスメントはだめという時代、そして多様性という時代になり、ようやく僕に対して嫌な事を仕掛けてくる人は少なくなったが、10年前までは『結婚して当たり前』『職場は○○で当たり前』のように赤の他人に価値観を押し付けられその度に人間不信になっていた。
僕のモットーは、『俺がやりたいようにやる』だ。
いつでもやりたい仕事をやりたいだけやる。着たい服を着る。言いたい時ははっきり言う。周りの流行などクソくらえと思っている。
けど自分の思うようにいかないのが社会であり、日本社会だ。マジョリティの人と自分の考えのギャップに何回も苦しめられ、何度もひきこもりみたいな生活を送ってきた。
環境のせいにしてはいけないが、神奈川はマイノリティの人に対する理解度が著しく乏しいと感じる。「競争社会は当たり前→弱い奴は死ね」と言わんばかりの神奈川の風潮に何十年も苦しめられてきた。
競争社会というと同じ都会である東京や大阪もそうだし、東京や大阪も横浜の寿町のような貧困者が暮らすドヤ街があるが、東京に関してはマイノリティ向けのコミュニティが当たり前のように存在しているし、大阪は「自分がおもろかったらええ」という楽観的な考えの元で生きている人が多く、それが人の救いになっている。
しかし神奈川にはマイノリティ向けのコミュニティがまだまだ足りなさすぎるし、大阪人のようなフランクな人はほぼほぼいないプラス、
「周りに合わせて真面目になれ」
という空気感が漂い、僕のようなマイノリティの人の風当たりが強い。
今年ネットニュースで僕の住まいである金沢区内で、障害者グループホームが近隣住民の反対を受けて断念したという報道があった。
これに関しては一部の差別主義者の住民によるものだが、神奈川全体でこのような風潮が蔓延しており、生活困窮者に対して生活保護の許可を出さなかったり、障害者大量殺人があった津久井やまゆり園も社会から断絶された場所に存在していたなどを考えると「マイノリティの人間は死んでもいいのか」と訴えたくなる気分だ。
マイノリティの人間に対して、「理解しろ」までとは言わない。普通の人には理解できない境地で僕らは生きているのだから。
せめて、「こういう人がいてもいいんだよ」という寛容な社会にならなければ、冒頭でお伝えした自殺の悲劇は繰り返すだろう。
日本経済を支えているのは労働力でなく、カルチャー
今年の7月ごろから鎌倉に注目しだし、会社経営者・個人事業主・地元の議員さん・アーティストなど、色々な方々と現在交流している段階だ。まだまだFacebookの友達も少ないし、関わっているコミュニティも少ないので、これから少しずつでいいので色々な人と接点を持ちたいと思っている。
彼らとお話をしても、以前僕が神奈川で抱いていたマイノリティに対する風当たりみたいな雰囲気は微塵も感じず、むしろ「僕のようなよそ者でも受け入れられている」とひしひしと感じる。
現在の鎌倉のような「色々な人がいて当然だよね」という文化が当たり前のように広がっているのもそうだし、街全体に寺や神社、そしてキリスト教会などの宗教的な建造物が数多く存在している。
僕は無宗教だが、こういった街の雰囲気全体が「優しさ」を包み込んでいると僕は考えている。
それに対して横浜や川崎のような労働者の集まりみたいな場所ははっきり言って幸福度がかなり低いと言える。
職場の他に有意義なコミュニティに関わっていて幸せという人は別だが、今まで横浜や川崎で馬車馬のように働く人で本当に幸せそうな人は過去に一人も見たことがない。
横浜や川崎などに家を買い、会社に縛られ、家族に縛られみたいな人が横浜駅や品川駅構内をゾンビのように歩いている姿を想像するだけで、「この人たちみたいになりたくない」と思ってしまう。東京一極集中も横浜人口増加も国策だというのはググれば一発で分かるのになぜ皆都会に住み、都会で働くのか。
そして日本を支えているのは都会の労働力ではない。
食文化・ファッション・アニメ・アイドル・動画配信などの日本独自の文化だ。
特にドラゴンボールは日本にとっても世界にとっても革命的なアニメ文化であり、実際社会現象にまでなっている。
その社会現象を起こすのがマイノリティな存在の人であり、ただ働くのようなマジョリティの人間ではない。いつの時代も『変人・奇人』が世の中を動かすのである。
だからマイノリティな人間を差別してはいけない、誹謗中傷してはいけないのだ。そういった人と触れ合う機会がない人が多いくらい、日本人は常識に従いすぎているということだ。
『自分のやりたいようにやる』を常日頃から実践できれば、現実世界で流行に合わせたり、SNSで承認欲求を過度に求めることも無くなる。
今すぐ日本人は都会と会社を捨て、田舎で自分らしさを手に入れるべきだ。
ちょうどいい田舎、それが本来の神奈川
神奈川の風潮を批判している僕だが、物理的な部分で言うと神奈川はちょうどいい田舎みたいな環境が整っていると思っている。
鎌倉、逗子、葉山は金銭面に余裕があれば有意義な時間を過ごせるし、茅ヶ崎や平塚辺りに行けば都会に比べて安く住めるし、小田原や秦野に行けば温泉街に近い。横浜や川崎のような過密地帯に住まなくても幸福度は得られるのだ。
現在神奈川で一番人口が増えているのは川崎の幸区だが、「東京から近い」という理由だけでその場所を選んでいるとしか考えられない。昭和時代、「イメージがいい」というだけで横浜の土地を買った人もそうだが、地域選びがあまりにも幼稚すぎる。不動産屋や建築関連の人間にとってまさしくカモだ。
実際平塚や茅ヶ崎に移住しているノマドワーカーみたいなZ世代は、地理的な部分を精査しながら移住している人が多い。故にZ世代は頭がいいと言える。
僕も最近までは神奈川という場所を頭ごなしに否定しまくっていたが、ようやく神奈川の田舎みたいな場所の価値を知り、今後この場所でどうするかの行動計画の解像度がかなり上がった。
幸運にも近年はSNSで鎌倉のイベントやコミュニティが見つけやすく、鎌倉の人と関わることがかなり容易になったのだ。
自信を持ってはっきり言うと、
神奈川で今、価値があるのは、横浜・川崎でなく、鎌倉なのだ。
鎌倉という地で人生をやり直す
僕の学生時代、20代はかなり悲惨だったけど、ようやく35歳という年齢でこの鎌倉に出会い、人生においての再起をはかりたいと思いながら生きている。
まずはどんな形でもいいから鎌倉・逗子方面を中心に働くこと。そして鎌倉市内でボランティアをし、人との交流を大切にすることを意識しながら動いている。
将来の夢を抱いたり、人との比較みたいなものは必要ないので、とにかく自分が今できることをすることだけを考えるようにしている。
焦らず、少しづつ変化していけばいい。常にマイペースを心がけている。
それまでは競争社会で苦しかったけど、今は弱いままでいいと思っている。
故いかりや長介がこのように言う通り、今は強くなくても生きられる時代だ。自分ができることをして、他人と支えあって生きていけばいい。
僕が競争社会という地獄で戦い、逃げまくったからこそ、こういった感情が湧き出てくるのかなと思っている。
そう考えると人間一度は都会で勝負してもいい。
でもそこで少しでも辛かったら田舎に行けばいい。田舎も田舎で1から10まで排他的とは限らない。必ず自分にマッチした場所は見つかるはずだ。
重要なのは他人との競争社会に拘らないことだ。例えそこで勝ち続けたとしても待っているのは、「都落ちしたくない」という保守的な考えだ。そこから人の幸福度がどんどん下がっていくのだ。
僕の知り合い以外で、もしこの記事を読んでくれたレアな人がいたら僕は問いたい。
「あなたは本当に都会暮らしで満足してるの?」